子そだてクリニック Q&A
題 名 | : アドバイス:不登校に対するカウンセラーに不信感 |
投稿者 | : まりあ |
日 付 | : 1999年 03月24日(水) 08:05:43 |
私自身考えることがいろいろあって、ここ3、4年、カウンセラーに かかっています。また、複数のセラピストに同時にかかった時期も あります。その経験から感じることは、セラピストとの話し合いは完全に密室内で行なわれ、その話の内容は外にもれることがありません。 作為的に作られた、非常に閉じた状況なのです。 自分が言う場合も含めですが、他の人間が第3者に対し、「カウンセラーがこう言っている」という話をする時、その段階ですでに、治療 される側の受け止め方、フィルターを通した言葉になっているわけで、その場におらず、まだ話の内容を全部つかんでいない第3者が、 そういう、言葉は悪いですが「また聞き」のアドバイスを聞いて、 「そんなのはおかしい」と判断することは、ある種の危険を伴うことだ、というのが私の感想です。 セラピーを受ける側が、カウンセラーのアドバイスを自分に都合よく解釈してしまうことも、いくらだって ありますし。 お話の中のことですと、たとえばカウンセラーに「母親がかまい過ぎ なのだ」と言われ、それに対しショックを受けた親が、「少し放って おいてみてはいかがでしょう」という言葉をきいて、今度は即それを 実行し、まったく極端に反対の方向へ行ってしまった、という場合も、まったく考えられないわけではないと思うのですよ。両極端、というのは結局紙の裏表ですから、そのお母さんが結局、今までと同じ事をしているにすぎない、とも考えられます。もちろん、そのカウンセラーが 杓子定規な考え方をしている場合だって、十分ありうることでしょう。 しかし、将来、カウンセラーにかかる必要があった場合、そんな人 ばかりでは不安だ、とおっしゃっておられますが、今のカウンセラーに不満がある、という場合、それでは自分の満足する、別のカウンセラーを捜そう、という姿勢や作業も、それなりに治療の一環ですし、 カウンセラーのアドバイスをすべてうのみにせず、自分で考えるということも大切なんです。極端なことを言ってしまえば、カウンセラーのアドバイスをまったく実行しようがしまいが、それは自分の責任において、まったく本人の自由なんです。 これは、けして自分の子供さえ良ければ、他の子はほっとけ、という 意味あいで書くわけではないんですが、いろんなタイプの子供達に 暖かく接してやる(私などにはそれが難しいので、そういう親御さんはほんとに偉いな、と頭がさがるのです)ということとはまったく 別に、カウンセラーとの関係はあくまで非常に相対的なものであり、 たとえ家族であろうと、第3者が責任を感じるべき問題ではない、といのが、生意気ですが私の考えです。 しかし逆に、どうしても他人の子のカウンセラーに対し不満だ、 不信感がつのる、ということであれば、本来自分の責任ではないはず の問題に、なぜそこまで強い気持ちが起きるのか、それはそれで 興味深い問題だと思うのです。 |