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 会長講演 「赤ちゃんから学ぶ」

埼玉医科大学小児科教授 小西行郎

 「赤ちゃんに学ぶ」――なんと陳腐な名前のタイトルで、なおかつ「育児を科学する」というタイトルも私が考えて、なんとステレオタイプな発想しかできないのかと、自分では恥ずかしく思っていますが、要するに赤ちゃんの見方を変えたいということです。そこで、赤ちゃんに学ぶということで、少しお話をさせていただきます。

 これは10年前にオランダから帰った時の写真で、オランダのプレヒテル先生と私です。この時期に、私の中では、革命が起こっていまして、赤ちゃんの見方が、プレヒテル先生によってまったく違う見方になっていきます。それで、今日はそのお話をします。

 実は、プレヒテル先生のところに行きまして、まず言われたのは、赤ちゃんを見るのであれば、やはり胎児から見るようにということです。胎児からずっと継続して赤ちゃんは行動している。すなわち、胎児の神経活動は生まれる前から連続している。そういった視点で子どもを見ないとだめだと言われました。そこでそのような分野を研究することにより、胎教の意味が本当にあるのかないのかも考えられるのではないかと思っております。

 もう1つ先生から教わりましたのは、赤ちゃんというのは、刺激されて動いているのか、あるいは自分で勝手に動いているのかということであります。プレヒテルは赤ちゃんの行動は原始反射ということではなくて、スポンテニアス・ムーブメント(自発運動)、要するに赤ちゃんというのは自分で勝手に動いている、そして、その意味を見つめ直せということを私に教えてくださいました。 

 面白いのは、赤ちゃんというのは、大体受精後2か月ぐらいでもう動き始めていることです。そして、20週になってくると、いろいろな運動のパターンがほとんど完成します。実は胎動から新生児への運動を、系統的に見た研究はあまりありません。このスライドが、生まれてすぐの赤ちゃんの運動と同じような運動が胎動にもあることを示しています。

 新生児の運動から胎動を見たのがこのスライドです。胎動にはいろいろなパターンがあります。大体20週からは変化をしない。面白いのは、中枢神経の発達を考えながら、実はプレヒテルは胎動は発達しないと言います。お腹にいるときに中枢神経は目覚しく成長するわけですが、行動と関係ないというのです。これは、非常に示唆に富んだ所見ではないかと思います。実は、胎児は頭から順番に発達していくのではなく、最初から全身を使う運動をしているということになります。

 彼から教わったのは、胎動というものが、生まれてからどういった変化をするのかということで、彼は次のような3つのパターンを示しており、私もたぶんそうだろうと思っています。

 1つ目は胎児だけにある運動で、生まれたらすぐ消える運動です。手足をブルブル震わせるような胎児の運動は、生まれてすぐにほぼ消えます。これがずっと残っているのは異常なパターンということになります。2つ目はお腹の中で出てきて一生続く運動。例えば呼吸運動です。息をするのは、あたりまえですが一生続きます。目の運動もこういうパターンです。お腹の中にいるときに、すでに目をよく動かしていて一生動かし続けるということです。そして、私のような小児神経、あるいは発達神経をやっている者にとって、最も興味深いのは、3つ目の運動です。それは、いったんお腹の中で現れた運動が、消えてまた出てくる現象です。プレヒテルは、これがどういうことなのかを考えていくべきではないだろうかと言っています。また、果たしてこの消えて出てくる運動の前と後の運動が同じかどうかということも、非常に注目すべきではないかと思います。

 ただ、この時点で考えると必ずしも胎教は良い影響を与えるのかについては疑問があります。要するに、いったん消えたりする運動について、お腹の中にいる時に教えて一体どうなるのだ、ということは考えてもいいのではないかと思っています。大体、お腹の中にいる赤ちゃんに電話をかけても、赤ちゃんはあんまり応えないでしょうし、きっとわからんのでしょうね。

 プレヒテルは、「いろんな先生方が、赤ちゃんが幸せそうな顔をしているとか、泣いているとか、ストレスを感じてそうだというのは、なんでわかるのか。赤ちゃんは言わないからわからないよね。」とよく言っていました。彼が非常に嫌ったのは、赤ちゃんが幸せそうな顔をしている、というようなことを安易に言う研究者です。俺はそんな考え方は認めないという先生で、私もそうだと思っています。

 新生児がさまざまな能力をもっているというのは証明ずみでして、いわゆる五感、聞く、見る、味わう、あるいは触覚等は、生まれた段階で完成しているといいます。さらに私たちがもう少し考えなくてはいけないのは、そういう受け取るだけの能力しか赤ちゃんはもっていないのかということです。おそらく赤ちゃんはそれなりに自分で能力をもっていて、反射で動くのではなくて、自分から周囲に語りかける能力をもっているのではないかと私は思っております。そういった運動の中で最も大きいのは、これから少しお話します、自発的な運動のことです。要するに、赤ちゃんが勝手に動く運動の中に、どういった意味を見出すかというのが、私の大きな研究課題のひとつであります。

 先ほど、松沢先生のスライドの一部にあったかと思いますが、チンパンジーの赤ちゃんが上を向いて動き回っている運動は、当然人間の赤ちゃんにも見られる運動であります。これをプレヒテルはジェネラル・ムーブメント(GM)と言っていますが、実はプレヒテルは、非常に簡単な言葉で、「正常な子どもの自発運動は、複雑で優雅、なおかつ流暢である」と表現しています。そして異常な子どもの運動パターンは単調であると言っていました。そういう言葉は小児神経学の中にはありません。子どもを見るときに全体の運動が単調であるとか、複雑であるという教え方をされたのは初めてで、非常に驚きました。

 このような話をどこかで書いていましたら、東大の多賀先生から連絡がありました。非常に面白いということで、一緒に研究をしないかと言われて、それから、多賀先生との二人三脚が始まったわけです。

 多賀先生との研究の中でこういうことがわかりました。

 赤ちゃんがこういう運動をしている。この何かよくわからない運動が、実は、非常に面白い傾向をとります。こういう手のマーカーを両手両足につけます。色で分けていますのは、左手・右手・右足・左足の軌跡です。こういう形で赤ちゃんが動いているというのが、軌跡として描くことができます。これは、大体1か月・2か月・3か月・4か月ですが、2か月から3か月の間にあまりばらつきが見られなくなります。

 2か月か3か月の赤ちゃんは、実は運動が非常に単調に見えてきて、なおかつ運動の大きさが小さくなります。1か月の赤ちゃんは非常に大きな運動をします。こちらの4か月の赤ちゃんも単調になってくる時期があります。これが、実は正常な子どものパターンで、2か月にはいったん運動が減ってきます。今日はお見せしませんでしたが、脳性麻痺になった子どもの軌跡をずっと見ていますと、単調なパターンの繰り返しが多くなってくるということが、多賀先生との仕事でわかってきました。

 実は、非線形力学の手法を用いて解析すると、このGMという上を見てばたばたする運動は、ランダムな全く規則性のない運動ではなくて、ばらばらに見えるけれど非常にカオティックな運動、一定の法則性をもった運動だということが、明らかになってきます。一方、障害のある子どもたちは非常にワンパターンになってくるか、よりランダムさを要する運動になっていきます。そういった意味で、この全身運動を見るだけで発達の様子がわかるということと、面白いのは2か月で非常に大きな変化があるというのがおわかりいただけるかと思います。

 高谷先生が赤ちゃんの指しゃぶりについて、お腹にいる未熟児で調べたデータによると、赤ちゃんはお腹のなかでも指しゃぶりはさかんにやりますし、未熟児の生まれてくる出産予定前は、たくさん指しゃぶりをします。ところが、生まれてきて1か月ぐらい経つと、指しゃぶりはほとんどしなくなります。そして、また再び指しゃぶりが出てきます。

 運動のパターンを、さまざまな運動に分類して、それを検討すると、やはり2か月くらいの赤ちゃんは、運動の種類が減ってきます。2か月ころに赤ちゃんの運動が非常に単調になることは、まず間違いない所見だと思っています。

 それで、どうも2か月のところで、子どもの神経機能には、非常に大きな変換期があるのではないかと考えました。脳機能画像で後頭葉の視覚野に光刺激を与えた時に血量の変化がどうなのかを調べたのが、この図です

 これが1か月以内の赤ちゃん、これが4か月以降の赤ちゃんです。視覚野、要するにモノを見たときに反応する頭の部分が活性化することがわかりました。なお、色を変えたのは、別にファンクションまで色が変わって出てくるわけではなくて、パターンが違ったので色を変えただけです。

 血液の流れが、こういうパターンで見えるところと、反対になるところがあります。これが、実は、場所を変えていまして、外側膝状体と視覚野になります。なぜ、このような比較をしたかと申しますと、外側膝状体の方は、シナプスの形成が生まれてくるときには出来上がっているところです。一方、視覚野はまだ出来上がってないところです。こう見ますと、もう出来ているところは、大人のパターンと一緒で、刺激すると血流が増え、終わると減ります。

 要するに頭が活発に働くと血の流れが増加し、後になると下がってくる、というパターンをとります。ところが、3か月以降の赤ちゃんの場合は3歳までは、刺激をすると血流が落ちてくることがわかりました。これ本当は血流かどうかというのは非常に難しいのですが、MRIの変化としてはそういうパターンが出てきています。そして、現象面で見た2か月の変換期が、脳機能画像でも同じように見えることがわかりました。どうも赤ちゃんの2か月というのは、非常に重要な時期ではないかと思っています。

 私たちは、赤ちゃんを見ていくときに、(私は4人の子どもがおりますが、)さまざまな希望をもちます。できるだけ父親よりはまともになって欲しいと思うわけですよね。誰でもやはり子どもの未来には夢をもちます。当然いろいろなことを早くやれば、いろんな能力が身につくのではないかと思うのは当たり前です。しかし、神経ダーウィニズムを唱えましたエーデンルマンによると、シナプスの形成に関しては、生まれてくるときにはいろいろな経路を持っている人間が、成長とともに経路を減らしていくのではないか、同じところを刺激することによって運動としてはより高度なものになっていくが、他の経路は消えていくんではないかと言っています。ひょっとすると、私たちが前にお見せしたMRIの所見は、そういうことと関係するのではないかという気がしています。2か月から3か月に始まるシナプスが、非常に増えてくる時期に、頭の中の血流も大きく変化しますし、これがどういう形でシナプスを選択的に削っていくのかというのは、非常に重要な問題ではないかと思っております。

 最近は、日立の基礎研究所の小泉先生のところと共同で「光トポグラフィー」という新しい方法で赤ちゃんの脳機能を見ています。これも多賀先生にがんばっていただいて、やっと視覚野の機能がこの機械である程度測れるようになりました。もう一つ面白かったのは、どうも頭の中では血流が刺激に関係なく勝手に動いている、実働的な変化をしている、ということもあって、赤ちゃんの頭というのは不思議だと思っています。

 最初は高谷さんと2人だけでやった研究に多賀先生加わっていただき、牧さんに加わっていただき、それから産婦人科の堀本先生や京大霊長類研究所の水野さんや滋賀県立大学の竹下先生にも加わっていただいて、胎児からチンパンジーにいたるまでの共同研究のネットワークが広がってきました。このような共同研究者のネットワークが、10年近くかかって行った私の仕事の勲章だと思っています。

 まだこの赤ちゃん学会は、理事と評議委員の数の方が下手をすると一般の参加者よりも多いような状態で、頭でっかちの研究会ですが、こういう形で共同研究を広げていくことで学会としても成長していくのではないかと思っています。

 お茶水女子大学の本田先生の著書の中に、20世紀は子どもの世紀と言われた世紀だと書かれています。育児を科学することの重要さも、20世紀の初めには、声高々に叫ばれた時代でありました。それは恐らく進化論に基づいた子ども観だったと思います。どういうことかと申しますと、人は日々進歩し、前進をしていくというものです。その象徴的なものとして、子どもがいるのだろうと思います。子どもは発達し成長するものである。子どもの未来というものは限りなく、可能性をもったものだと言われてきました。しかし、20世紀の終わりに私たちが見たものは、あまりにも夢とはかけ離れた子どもの現状だったような気がします。

 私たちがこの21世紀に描かないといけないのは、夢に満ちた子ども観ではなくて、ひょっとしたら、存在をそのまま認める子ども観なのかもしれません。私の子どもは私よりも美男子になるわけはない。運動神経も鈍いですし、頭もあんまり良くない。でも、それでも幸せにはなれるのではないかと、いう考え方が必要なのではないかと思っています。 

 それから、もうひとつ、今、非常に大きな問題として私が気になっていますのは、子どもを授かるという考え方です。最近は、子どもは授かったものとは言いません。作ると言います。それは母親だけではなくて、父親もそうです。夫婦の都合にあわせて子どもは作る。作って育てる。手作りだというようなことになります。昔は授かって育つものだと言いました。もう一度、私たちは、子どもは授かるもので、勝手に育つものだという発想があってもいいのではないかと思っています。

 私は実は、福井にいるときには、脳科学の研究ではなくて、障害児の子どもと付き合うことが仕事でした。そこで教わったのは治療することでも訓練することでもなくて、障害をもったままでも幸せである子どもたちがいることです。障害児に当てはまることが、なぜ正常な子どもには当てはまらないのでしょうか。なぜ正常であるために、早くから勉強してがんばっていかなければならないのかということも、考えてもいいのではないかと思っています。

 21世紀は、子ども観を変える世紀ではないかと思っていますし、この時期にこの赤ちゃん学会を作らしていただいたことは、非常にありがたかったと思っております。今お話ししたのは、学会の先生方みなさんの意見ではなくて、私の勝手な意見かもしれないですが、赤ちゃん学会をこれから皆さんと一緒にやっていく中で、私の訴えたいことは、そのことでした。そういうことに役立つ脳科学研究をやっていければ、非常にありがたいと思っております。

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