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 シンポジウム2

 3歳児神話を検証する2〜育児の現場から〜

恵泉女学園大学教授 大日向 雅美

<母子関係を捉える視点について〜生物学的な側面に偏る問題点>

 ご承知のように、育児に悩みや苛立ちを募らせている母親、中には虐待に走って子どもの命を奪う事件も後を絶ちません。そうした現実があるにもかかわらず、なぜ「育児の適性は母親にあるのだから、母親が育児に専念すべきだ」といった考え方を人々は改めることができないのでしょうか。

 この点を考えるためには、そもそも母子関係や「母と子の絆」とは何なのか、どのような視点から捉えるべきかを再検討する必要性を指摘したいと思います。

 従来、母子関係や母性というと、その生物学的な側面が強調されてきました。例えば子どもを産む女性は育児の適性を持っているという母性観は、まさに女性の産む能力を単純に育児能力につなげて考える考え方です。

 これに対して、すでに古典的な定義となっていますが、ドイッチ(Deutsch,H. 1944)は「母性とは、母の子に対する、社会学的、生理学的、感情的な統一体である」と定義しています。つまり、母親が子どもに対する関係には社会学的な要素、生理学的な要素、さらにパーソナルな感情的な要素が入っているものであり、母子関係はトータルに見ていく必要があるということです。

 しかしながら、近年、この母子関係に関して、生物学的な側面を強調する動きが再び活発化しているのではないかと思います。例えば、少し古いものでは、母体のホルモン分泌の変動がもっとも大きい分娩後の一時期が子どもに対するマターナル・アタッチメントを生じさせる一番敏感な時期(感受期)だとしたクラウスとケネル(Klaus,M& Kennell,J.H. 1976)の研究があります。新しいものとしましては、例えば、哺乳類にだけに見られるゲノムインプリンティング現象に関係した育児遺伝子が発見されたという指摘、あるいは授乳のときに赤ちゃんがおっぱいを吸いますが、そのときの吸啜刺激が起爆剤となって、下垂体から分泌されるプロラクチンとオキシトシンが母性行動の中枢を興奮させてスイッチオンの状態とするという考え方もあります。いずれも「科学的」と称するデータを根拠として、母親が育児に専念する重要性を強調しています。

 母子関係のごく初期に、母親固有の生物学的な特性が有効性を発揮することは認められるだろと思います。しかし、ネズミやヤギ、サルなどの動物を被験体として、そこから得られた知見をもって直ちに人間関係を推論することに関しては、その限界に留意する必要があると思います。少なくともそのような研究が「科学的」だと称されて、母親が育児に専念する重要性が過度に強調されることに対しては、大いに危機感を覚えます。

 その理由は、私の専門領域が心理学であり、心理学の視点から母子関係を捉えるからです。心理学と言っても研究分野は非常に広く、研究視点も方法論も様々ですが、少なくとも私は心理学を次のように考えています。すなわち心理学というのは人を扱う学問、人と人との関係を扱う学問です。そして、心理学が対象とする人間は「特定の社会や特定の文化の中で生きている、特定の人」です。従って、心理学における科学とは人間一般の法則の樹立や一定の方式を求める科学ではありえないということです。

 また私の研究手法の大半はインタビューと事例研究です。お母さん達の声を聞きつづけて30年近くになりますが、一番新しい研究では、1993年に全国6000余名にアンケート調査を実施しました。その結果を数量化して大体の傾向をつかんだ後は、5年あまりをかけてインタビューをいたしました。今も継続していますが、その人数は600名近くになっています。

 正直に申しまして、インタビューで聞き出せる経験は共通のスケールも持ちにくく、あくまでも「ある個人」に特殊な経験に過ぎない場合が少なくありません。結果もきれいにまとまらないことがよくあります。しかし私は、個人の特殊な経験から遠ざかって、あるいは徹底的に個人にこだわらずに、どのようにして心理学の研究対象である個人を理解できるのか、疑問に思います。

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