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 シンポジウム2

 3歳児神話を検証する2〜育児の現場から〜

恵泉女学園大学教授 大日向 雅美

<3歳児神話の最も中核ともいえる母親の就労の影響について>

 さて、最後に、3歳児神話の第3の要素、つまり母親が育児に専念しないと子どもの発達が歪むのか否かという点について、話を進めたいと思います。この点は3歳児神話の3要素の中でも最も人々が問題視するところですので、時間も多くさいて、お話しをさせていただきたいと思います。

 この第3の要素の是非について申し上げる前に、この点を人々はどのように議論しているのか、昨年私が非常勤講師としてある大学で教えたときの学生たちの反応を例にご紹介してみたいと思います。

 その授業のタイトルは「母と子の絆―その科学的な虚構性―」ですが、内容的には、私たちが一般に信じている母性愛や3歳児神話は、実は近代以降の社会的な要請によって作られたイデオロギーであるということ、しかも、本来は客観的であるべき学問、心理学や小児医学等の研究が、様々な形でイデオロギー形成に荷担した経緯について半年間にわたって講義をいたしました。

 講義も終了近くになって、学生たちから「ぜひディスカッションタイムを持たせて欲しい」という要望が出ました。男女共学の大学ですが、「もしそういう時間を設定してもらえるなら、私が司会をやります」と言う学生も出てきました。とかく、昨今の日本の大学生は受講態度が消極的だとか受身的だと言われますが、その授業の学生に関しては決してそうではありませんでした。そして、ディスカッションの場を設けたところ、「一回では足りない」というくらい、非常に熱の帯びた議論を展開してくれました。3歳児神話や母性愛神話は、若い学生たちにとっても、育ってきた過程や自分たちの将来に関わる、非常に切実な問題として受けとめていることがよくわかりました。

 さて、そこではどのようなディスカッションが展開されたのでしょうか。最初はどちらかというと優等生的な議論から始まりました。「今は男女共同参画の時代を迎えているのだから、女性だけが、母親だけが育児をすべきだというような3歳児神話にとらわれているべきではない」というような発言が続きました。これは私の講義の趣旨に添った発言です。半年近くずっと講義をしてきた教師に対するねぎらいなのかもしれません。学生はある意味優しいのだなとも思いますね。ただ学生たちは、決して私に対する迎合で言っているわけではないということは、ディスカッションを聴いていてわかりました。特にこれから就職をして社会に出て行こうという女子学生にとっては、3歳児神話を振りかざされることは、自分の人生設計が狂わされてしまう危険性もあるわけです。また講義では、昨今急増している虐待や母親たちの育児ストレスの問題も充分に伝えてきました。そのような問題の予防のためにも、母親一人に育児の負担を課すような3歳児神話の考え方から解放されなくてはいけないということを、真摯に発言する男子学生もいました。あるいは、社会人聴講生で、実際に共働きで妻と育児を分担している男性もいました。生活実感として聞ける言葉もありました。

 しかしながら、全ての学生が3歳児神話を否定しているわけでは決してありませんでした。やがて、このような意見に対して、反対意見も出てきました。例えば、「僕は今日初めて講義に出ました。だからよけい素朴に聞けるんだけど、みんなの意見に違和感を覚える」という男子学生の意見が出ました。「これまでのみんなの意見を聞いていると大人、親、とりわけ女性の都合ばかり言っていて、子どもの気持ちが置き去りにされているのではないか。女性の高学歴化、社会参加の意欲が高まっていると言うが、子どものことを考えたら、女性は、母親は、ある時期、自分の生活を犠牲にしてでも、育児に専念する気持ちが必要だ」と。

 このような言葉が、男子学生から2〜3続きました。当然、女子学生からは反論がありました。「なぜ女性だけが人生を犠牲にしなければいけないのか」「なぜ男性は、人ごとみたいに言うのか。子どもが生まれても、自分の人生をほとんど変えずに生きていける男性だから、そんな高みの見物みたいなこと言えるのだ」――このような反論が女子学生から出されました。

 このようにして、この議論が男性と女性の戦いになりかけたとき、ある女子学生が、おずおずと手を上げてこう言いました。「私も女性ですが、やはり子どもが小さいときは、母親が家にいるべきだと思います。子どもってお母さんを一番求めていると思います。子どもはみんな家に帰ったとき、お母さんが家にいて欲しいと思うものです。うちは私が小さいとき、母が働いていました。とても寂しかった。あの寂しさは忘れられません。だから、私は結婚して子どもが生まれたら子どものために家にいて専業主婦として、育児に専念するつもりです」――このような発言が女子学生から出されました。

 それに対してすぐに別の女子学生が手を挙げて、次のように発言しました。「それは、あなたの個人的な経験と意見ではないですか。確かにあなたはお母さんが働いていて寂しい思いをしたかもしれない。でも、なぜ自分の経験が全てだと思うのですか。自分が寂しかったからといって、なぜ子どもというものはすべてがお母さんに家にいて欲しい思うと決めつけるのですか。あなたは自分の経験をあまりに短絡的に普遍化しています」と。周りの男子学生から思わず「こわーい」というような声が漏れました。

 先ほどの、「やっぱりお母さんは家にいるべきだ」と言った学生も、この元気のいい学生も、いずれもずっと半年間、私の講義を熱心に聞いてくれた学生です。おとなしそうにいう学生、元気に反論する学生、両者とも表現方法は違いますが、いずれも切羽詰った真剣な表情でした。特に、「自分の経験を一般化するな」と発言した学生は、さらに次のように言葉を続けました。「私は母が働き始めて、どんなに嬉しかったか。どんなにほっとしたかわからない」と。その学生の母親は働くことが好きな女性のようでした。しかし、子どもが生まれたら、仕事をやめて育児に専念したそうです。3歳児神話を信じたのか、それとも仕事と家庭の両立に困難があったのかはわかりませんが、そうして育児に専念した母親の思い出というと、いつもイライラしていることだったようです。家に閉じこもっているストレスを、苛立ちとして発散するだけでなく、教育熱心という形でも発散したようです。仕事も何も全て捨てて母親になったという場合にありがちな傾向ですが、その女子学生の母親もすべてのエネルギーを子どもに注入したようです。「その息苦しさといったらなかった」と彼女が述懐していました。

 ところが、やがて家を新築して住宅ローンを返済する必要性を理由として母親が働きに出たそうですが、彼女は本当にほっとしたそうです。また、「子どもが『ただいま』と帰ってきたとき、母親が家にいるべきだとよくいわれるけれど、私は生き生きと働いているお母さんを見るほうがずっと楽しかった」とも言いました。

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