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 言い間違いからみた言語発達

寺尾 康(静岡県立大学)

 私は成人の言い間違いを中心に研究しています。今日はその観点に加え、私が集めた幼児の言い間違いとの比較をします。
 結論から申し上げますと、幼児の言い間違いと成人の言い間違いは、おそらく幼児の頭の中で一度に処理できる要素のスパンとモニター能力の違いがあるだけで、幼児独特の文の産出モデルとか成人独特の文の産出モデルとかをたてる必要はなく、連続しているものと予想しています。今回は音位転倒という珍しいタイプの、しかし幼児にとってはそう珍しくないタイプの言い間違いの紹介をしながら発話モデルの研究の意味合いを考えてみたいと思います。


言い間違いとは何か?

 言い間違いとは、故意ではない発話の意図からの逸脱を意味しています。例えば、笑いを取ろうと思ってわざと間違えるとか、あるいは最初から勘違いでしているというのは間違いではないとします。実例を出して、一つの間違いからどれくらいのことを想像して楽しめるのかということを見てみましょう。

「打点さらの原」
 これは、「打点3の原」と言おうとして、おそらく原(はら)の「ら」から影響を受けて、「さん」が「さら」になっています。すると、「ん」というのは、母音ではないので音節としてはカウントされないのですが、リズムの単位として一拍と日本語では数える「付属モーラ」、それに対して「ら」というのはちゃんと子音と母音がついた音節であると同時に「自立モーラ」とカウントされます。そのモーラ同士という同じ資格が影響することもあるのだと考えられます。または処理の方向として、先に先に処理が進んでいきますから、先に出てくるまだ言っていない「ら」に影響されて、間違いがここに出たとも考えられます。同時に、「ん」と「ら」の間が1モーラあり、そして名詞句を挟んでいるという見方をすると音韻処理スパンの大きさを探るヒントにもなります。さらに、「さん(三)」を言い間違った結果であっても、「さら(皿)」という実在語彙が登場してきます。これは音韻部門が、語彙部門と関係しているのではないかということをうかがわせます。
 幼児の言い間違いの分類について考えてみましょう。成人と同じように定義するかが問題になりますが、これは故意にではない発話の意図からの逸脱と考えますと、子どもの場合は非常に難しくなります。例えば子どもが「ライオン」を「ダイオン」と3ヶ月くらい言い続けていることは、この例に従うと言い間違いではないとなります。でも、これは調音上面白いから言い間違いとしてはカウントしたいという考えもあるので、カウントするかしないかというのはどちらにしても問題になります。
 そして、難しさのもう一つは、幼児音と呼ばれるものの存在です。調音器官や調音方法の未発達に起因すると思われるもの、例えば「宅急便」を「タッチュービン」、「こども」を「コロモ」、「新幹線」が「チンカンセン」。これは大人では言い間違いになるのでしょうが、幼児の場合では、最初にあげた定義の意味での言い間違いと言えるかどうかは疑問です。ですから、これはおそらく除くべきものではないかと考えます。
 意味不明語、幼児ジャルゴンというものもあります。例えば、「テケテケ」は逃げていくという意味、「ゴピピ」は「ゴキブリ」という意味、「アライカアライカ」は電子レンジという意味でした。私の息子は2歳の時に電子レンジのことを「アライカアライカ」とずっと言っていました。「電子レンジ」と言おうと思って「アライカアライカ」と言ってしまったら、それは間違いですが、「アライカアライカ」と思っていて「アライカアライカ」と言っているわけですから、これは間違いとは言えないのではないかと思います。
 意図の逸脱ではない場合というと、幼児の場合、思い込み、あるいは独自の規則適用と呼べるものがあります。例えばうちの息子は、2歳少し前くらいに「消す」を「ケッスル」、「なおす」を「ナオスル」、「出す」を「ダッスル」と言っていました。これはいわゆる規則の過剰適応になると思います。そして、お薬のことを「オスクリ」−「おいしいオスクリ飲もうね」と、ずっと言っている子もいます。機関車のことを「キカンシャン」と言う例もあります。これは「ン」をうまいところに入れてリズムをよくします。「タン、タン」というリズムを作っていくかのような間違いをして、機関車を「キカンシャン」、りんごは「リンゴン」、電気は「デンキン」というわけです。これは言語学的に、予想できる位置にこういうところがきちんとでてくるので、幼児音と意味不明語は除くべきかもしれませんが、思い込みについては別の機会に研究すると面白いのではないかと考えています。

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幼児の言い間違いの分類

 このように分類してみてはじめて、成人の言い間違いとの比較が可能になります。それは意図から音声までの発話過程の規則性について、無意識にぽっと出てくるものですから、無意識に働いているはずの私たちの頭の中の作業を伝えてくれるのだろうと考えています。幼児の言い間違いを以下のように分類しました。
◆代用 例:マクラー(マフラー)
◆文脈的代用 例:ジェストコースター(ジェットコースター:誤りの源の「ス」が文脈内にある)
◆付加 例:キカンシャン
◆削除 例:トウモ コシ
◆交換 例:オカハ(お墓)
◆混成 例:ネンコ(ネコ+ニャンコ)
 これらはタイプ別の頻度も含めて、大人のものとほぼ同じものが出てきます。「ほぼ同じ」と「ほぼ」を強調するのは、大人に比べて文脈的代用が非常に子どもの場合は少ないからです。また、文脈的代用と交換が子どもの場合ほぼ同じくらいにみられる点は大人と違うところです。大人は文脈的代用が圧倒的に多くて、これは音韻的な大人の間違いの典型的な例であるような間違いです。それに対して、交換は大人ではそれほど頻繁には生じません。
 そのほかの大人と子どもに共通する特徴では、例えば、大人の言い間違いと同じように、日本語として不可能な音連続は出ないとか、音節の構造は維持される、統語範疇は守る、こうした一般的な言い間違いの規則性はきちんと維持されます。


文脈的代用

 タイプ別頻度でみて、幼児の言い間違いが成人の言い間違いとどこが最も異なっているかというと、まず、文脈性、つまり「文脈的代用」が非常に少なく、「交換」と同じくらいの頻度で出るということです。これは音韻処理スパンの大きさとモニターの精度によるのではないかと考えています。もう一つ子どもに特徴的と思われるのは、一度に間違える要素が複数あるということです。例えば、「スパゲティ」のことを「スタベッキィ」とか「スカレッピィ」などです。大人の音韻的な間違いでは、一つの単語の中に二回音韻的代用が現れることはほぼないと言っていいぐらいの稀なケースですが、子どもは頻繁にやります。
 文脈的代用の実例をもう少しみると、「チョコレート」を「チョトレート」は、2モーラ後のものを先取りしています。「オリガリ(おりがみ)」では、1モーラ前のものを引きずっているといます。頻度自体が低いので分析には不十分ですが、分析対象としては結構おもしろいです。まず、方向性が面白いです。先取り型が約7割、引きずり型が3割でした。やはり先に先に子どもはみていくようです。
 続いて音韻的な処理のスパン−頭の中でどれくらいの音を一度に処理しているのかを考えるヒントとしても、文脈的代用は面白いと思います。介在する距離0(ゼロ)というのはほぼ隣のモーラあるいは音節にある音を代用している例が約6割です。もう少し大きな単位でみてみますと、子どもの場合は同一語内で起こるのに対し、成人の場合は同一語内だけでなく、語と語の間や句の境界をまたぐような、より大きな単位で起こる誤りが頻繁に生じます。距離も2.5モーラとだいぶ大きくなります。やはり大人の方がスパンが大きいことを窺わせます。

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音位転倒

 音位転倒というのは、音がひっくり返ってしまう誤りですが、知らないうちに忍び寄ってくる誤りと私は考えております。例えば、「山茶花」は漢字からすれば「さんざか」なのに、そうではなくて「さざんか」ですね。ひっくり返りが歴史的に定着した例です。そして、「とうもころし」、「おたかづけ」などは、子どもの音位転倒の定番です。それから、「かだら」は「からだ」、「たかうま」というのは「かたぐるま」のことです。「とかさ」は、にわとりの「とさか」ですが、これらはみな成人がしゃべっている方言です。そして、「ふいんき」は、現代の若者が字を読めないということを代表していると言われている例ですが、「ふんいき」が「ふいんき」となっている。もうすぐ正用になってしまうのではないかと恐れています。それから、「ぶんぶくちゃがま」については、「ちゃがま」が正しいのですが、大体5人に1人くらいが「ぶんぶくちゃまが」と言ってしまいます。聞いた方もあまり気がつきません。「忍び寄る誤り」の本領発揮です。
 では、子どもの例を見ていきます。「つまさき」のことを「ツマカシ」、「サキ」のことを「カシ」など、子音だけを間違える例があります。また、「アメリカ」のことを「アミレカ」。これは母音だけですよね。それから「ドウブツエン」(動物園)が「ドウツブエン」、これは、モーラ(軽音節)ごと交換されているようにみえます。ただ、「ツ」と「ブ」に「ウ」という同じ共通する母音がありますから、モーラの間違いなのか子音の間違いなのかあいまいな例です。一方、「もみじ」を「ミモジ」というのは、単位がモーラなのか母音なのかあいまいな例です。「しばふ」を「バシフ」というのは、はっきりモーラが単位になっています。さらに、「ハンバーガー」が「ハンガーバー」となります。これは、「ガー」と「バー」について、子音の間違いなのか、モーラの間違いなのか、それとも重音節の間違いなのかがあいまいな例です。 
 このように、どんな単位がひっくり返るのかを見ていきますと、圧倒的に「ドウブツエン」が「ドウツブエン」になるタイプ、つまり子音とモーラについて、母音部分が共通なので、子音かモーラのどちらの交換かがあいまいだという例が、圧倒的に頻度が高く(7割近く)出てきます。
 続いて、どのくらいの距離があるものが交換されるのだろうか、というスパンについて見てみますと、交換型はモーラ数が0(ゼロ)です。ということは、すぐ隣のモーラのものを交換しているということになります。典型的な音位転倒は、すぐ隣の共通の母音を持つモーラ間で起こるといえます。
 しかし、これだけではつまらないので、もう少し詳しく見てみましょう。つまり、似ている音同士がひっくり返るのか、あるいは似ていない音同士もひっくり返るのかを見てみましょう。これについては、似ていないものも含めてひっくり返ります。ですから類似性はきいていないのかもしれません。では、習得順序が関係するのでしょうか。いわゆる早く習得される易しいとされている音が難しいとされている音に取って代わるのでしょうか。習得順が早いか遅いかで見た場合、これも差はありませんでした。
 では、年齢と交換される単位との間に関連はあるのでしょうか。最初は子音だけ、だんだんモーラが増えてくることはあるのでしょうか。それもありませんでした。子どもは1歳半くらいから6歳くらいまでこのような間違いをやってくれるのですが、年齢による単位の特徴は見出せませんでした。
 もう少し見ていきますと、語の長さが関係しそうです。長い語―おおよそ4モーラ以上の語で出てきます。しかも、その真ん中あたりひっくり返っています。ですから音位転倒に関していうと、先頭の音が関わるというのは子どもの場合は非常に珍しいです。大人の場合は、「サイモンとガーファンクル」が「ガイモンとサーファンクル」のように、語頭のものが距離を隔てて同じ構造にあるものとひっくり返る形がありますが、子どもの場合はそこまで距離がいきません。せいぜい「チョットホコ(ホットチョコ)」くらいで、多くは語の真ん中あたりで出てきます。


2モーラ1単位の言いやすさ

 もう少し特徴を見ていきましょう。
 まず、2モーラ1単位の言いやすさというのを考えてみました。2モーラ1単位というのは、すぐ隣のものがひっくり返る例を紹介しましたが、1音対1音ではなく、2モーラを1単位とする音連続の言いやすさという観点から考えるというのはどうかと考えました。子どもの場合、誤りが集中する語があります。先ほど定番と紹介しました、「おかたづけ」が「オタカヅケ」になるような類ですね。私の娘の例も、「エレベーター」が「エベレーター」になるとか、「とうもろこし」が「トウモコロシ」、「おくすり」が「オスクリ」などと、よく言っていました。特定の単語に間違いが集中するんですね。どうも、「不自然で苦手な音連続」というのがあるようです。
 二つ目に、「管楽器奏者のタンギング」から考えてみます。管楽器をやっている人ならわかってもらえると思いますが、早いパッセージを連続で吹くときに、“tktktktktktktk…”とタンギングをします。他の舌の運びではダメです。自然で速く言える舌の動きが存在することへの傍証ととることはできないでしょうか。
 三つ目に、音声実験から考えてみます。「からだ」の「ら」と「かだら」の「だ」、それから「らだ」と「だら」の調音時間を計測してみました。日本語のモーラというのは、等時拍のリズムを刻む、つまり「ら」と「だ」にかかる時間が同じになるように発音されると言われているのですが、ひっくり返った「かだら」の方が正用の「からだ」よりも自然で、速く言える音連続を持っているのでは、と予想したのですが、その通りの結果を得ました。
 四つ目に、そもそも連続する同一母音は言いにくいのではないかということがあります。例えば、「七日(なのか)」が「ななか」になるような異化現象があります。正確には「ななか」ではないですよね
 五つ目に、舌の前後の移動の関係から考えてみます。舌の動きは、後ろから前への動きよりも、前から後ろに引くほうがわりと自然に発音できるのではないだろうかということです。
 これらのことを総合して、2モーラを1単位とする言いやすさという考えは検討していく価値があるのでないかと思っています。

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音位転倒のメカニズム

 音位転倒のメカニズムを考えてみましょう。音位転倒が起こるのは、頭の中で音韻的な単位をまず組み立てようとする部門から、実際に口の筋肉の動きになるまでの間で起こると考えられます。
 まず、音節レベルから語のおおよその形が決められます。そして、モーラレベルからは子音・母音の連続であることが活性化されてスロットの配列が決まります。これは音韻的な処理の第一段階にということになるかと思います。それと平行してスロットに挿入される音素の候補も活性化を受けます。交換される時には全然違うものが飛び込んでくることはないですから、やはり候補が決められて、その結果、順番の間違いが起こるのだろうということです。
 このようなモデル(ユニット部文に子音、母音、モーラなどをシンボル表示して配した相互活性化モデル)を考えてみました。音韻レベルと調音レベルの骨格は決めて、その血と肉になる部分、つまり間はどんなふうに動いているのだろうかと考えると、ネットワークモデルがつくれるのではないかと考えました。互いに活性化したり抑制したりして、音の候補が決められていくというモデルです。
 こうしたモデルを用いて、例えば「いろどり」という言葉で考えてみましょう。「いろどり」の「ろ」と「ど」の子音は「R」と「D」ですが、「O」(オー)という共通の母音を持っています。これは、「O」(オー)という母音のノードからかなり共通の活性化を受けますから、「R」と「D」は結構怪しい関係になってきます。同じ「O」(オー)という母音を持っていますから。ここでDがRより先にスロットにおさまってしまうような何らかの雑音が入ってしまうと、Rの行き先がなくなってしまう。すると、Dが先に出てくることになるわけです。
 ここで活性化のパターンが正常のものに落ち着けば、本来の3番目のスロットを埋めるはずのDが入って「いどどり」となります。これは、文脈的代用になりますよね。「いどどり」のような予測型の代用が出力されるのですが、2番目のスロットに収まって、活性化の値が下がったDが、またすぐに活性化されなければなりません。それは、少し難しいです。すると、ここで行き先のなかったRが緊急の候補として出てくることになります。その結果、「いどろり」という言葉が出てきます。


おわりに

 ではさきほどの、「2モーラ連続1単位」と今のモデルは、どのように関係するのでしょうか。それは音声と調音運動を含むレベルからのフィードバックだろうと考えます。特に、下から上がってくるという情報が結構有効なのではないかと。それで、不自然で言いにくい連続から自然で言いやすい連続への移行が音位転倒として現れると考えています。子どもの場合は、誤りの知覚をしにくいですから、最初から「おすくり」というように、思い込みによる勘違いも起こしやすいわけです。
 一方、発話の研究への意味合いとしては、なぜ、文脈的代用と交換が子どもの場合ほぼ同じ頻度で起こるのでしょうか。まず、幼児はモニター機能も弱いので、先取りのスパンが小さいことがあります。2モーラという非常に限られた場所は、代用ではなく交換が生じやすい環境だからと考えています。とすると、幼児「独特」の発話モデルがあるというよりは、成人のものと連続して考えるべきではないでしょうか。つまり、幼児の発話モデルを考えるときに、スパンとモニター機能が成人のものよりも「小さい」モデルを想定するべきではないかと考えます。
 まだ、詳細には問題点があるにしましても、このように、幼児と成人との連続性を考えていけば面白いのではないかと思います。


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