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こどもサイエンストーク
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リフレクション 〜問いを共有すること  宮下孝広

 「元々違った生き物が別々に生まれてきたのか、それとも元をたどると同じものなのか」、子どもたちに問いかけたとき、皆そろって、元をたどれば同じと考える方を支持してくれました。プロローグにあるとおり、この点が説明において一番の難関であると予想していましたので、会の進行上はとてもありがたい反応だったのかもしれません。しかしその直後からいくつか意見が出てきたように、子どもたちが何かしらの根拠に基づき、確信を持って主張していたのでないことは明らかでした。

 子どもたちは観察の報告のところで個別のチョウのさまざまな特徴を話してくれました。おそらくアゲハとモンシロチョウとは違うという認識を持つことは難しいことではないでしょう。まして昆虫であるチョウと例えば哺乳類であるイヌとは形態においても行動においても大きく違いますし、さらに人間との違いは私たち一人一人のアイデンティティの問題から言っても際立って意識されていることでしょう。

 いっぽう例えばチョウとイヌとヒトは同じ生き物、動物(植物に対比して)であるという認識についてはどうでしょうか。発達心理学の研究によれば、10歳くらいで大人と同様のものとなることが報告されています(ケアリー、1994 『子どもは小さな科学者か』ミネルヴァ書房)。しかしそれぞれが持つ特性について詳しく比較してみると、チョウもイヌもヒトも「食べる」「眠る」「心臓がある」「子を産む」などの特性を共有しているという認識においてあまり差はないのですが、「骨がある」「考える」という特性に関しては大人に比べると10歳児の方が、チョウについてそれを持つと答える割合は高いという結果です。これがチョウではなく馴染みのない昆虫、例えばヘリカメムシなどになると「心臓がある」「骨がある」「考える」特性について大人の被験者でそれを持つと答えるものの割合が25%程度であるのに対し、10歳児は50%程度が持つと答えています。

 この背景にあるのは生物学に関する科学的な知識であるとされています。学校教育やメディアを通じての学習によって、子どもの反応は大人と同様のものになっていくというのですが、上の結果に現れているように、やはり発達的な変化も無視できません。10歳の頃には生物を分類する科学的なカテゴリーが学習されるものの、そのカテゴリーには典型的なものが含まれているに過ぎず、周辺的なものについてはさらなる知識の拡張が必要とされるでしょう。また、あるカテゴリーの特性は原則としてそのカテゴリーを構成するすべてのメンバーにあてはまるというルールに対する確信も形成途上にあるのかもしれません。このような意味で子どもたちの動物概念はまだ未分化であると言うことができるでしょう。

 では、このような未分化な概念は、祖先をたどれば同じ起源に辿りつくという認識の形成に有利にはたらくと考えるべきでしょうか。今回のサイエンス・トークによってこれに対する結論を下すことは残念ながらできません。ただ、どさくさにまぎれて、いくら科学的に正しいとは言っても、同じ起源という知識を無批判に子どもたちに与えてしまうことはすべきでないと考えます。生物の多様性をめぐって簡単には説明のつかない問題があり、ダーウィンは進化の理論によってそれを解決してみせた、だからこそダーウィンが何を問題としてとらえ、どのように考えたのかを知ることに価値が生まれ、子どもたちが学ぶ契機となるのだと考えます。

 サイエンス・トークの意義は、正しい知識を共有することよりも、何が問題であるかを知り、その解決に取り組んだ先人たちの知恵と工夫に学ぶことにあると思います。

 最後に佐倉先生がレクチャーの中で紹介された時間を意識する方法について。前回の「サイエンス・トーク―遺伝編―」において安藤先生やサルストン卿が考案された遺伝子の仕組みの理解のための的確な比喩のように、何万年・何億年といった進化で考える長大な時間の流れを、子どもたちが具体的にイメージする助けとなったように感じられました。大人にとってもこれくらいの時間は記号的な意味しか持ちえないでしょう。それを如何にして実感的に示すか、また一つ方法を増やすことができたと思います。



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