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サイエンス トーカーより 〜子どもへの挑戦  佐倉 統

 今回のサイエンス・トークは、ぼくにとってはリベンジ戦でした。今から7年ほど前、小学校高学年の生徒たちに科学について教えるサマースクールの講師を担当したことがあります。準備と練習を重ねて臨んだのですが、子どもたちの心をつかみきることがもうひとつできず、不完全燃焼に終わりました。子どもたちは結構なついてくれたりして、それなりに喜んでいたようですが、ぼくの心は悔しさに満ち満ちていました。みていろよ。いつかこの借りを返してやるからな。
 固く心に誓って早や7年。ようやくめぐってきたこの機会。名誉挽回、逃してなるものか。

 前回の敗因は、子どもの立場に立っていなかったことでした。自分が伝えたいことを中心に話を組み立ててしまったため、ひとりよがりになってしまったようです。もちろん、話し手が心底おもしろいと感じる話題でないと迫力が出ないのは当然ですが、それだけでは不十分なのだと思います。とくに子ども相手に話すときは、プラス、相手が何を要求しているかにも応えていかないと、双方向のコミュニケーションは成立しません。
 とはいえ、頭では分かっていても、今回もやっぱり難しかったですね。そもそも「進化」というお題は、大人であろうと子どもであろうと、誰に対しても伝えるのが難しいトピックです。理由は、大きく分けて2つあると思うのですが、ひとつめは、時間のスケールが人間の直感的に把握できる範囲を超えているからです。進化は、1万年、10万年のオーダーで進行する現象です。たとえば、人間は、ここ10万年から20万年ほど、外見はほとんど変化していません。だからといって「中身」が進化していないということにはなりませんが、少なくとも人間の外部形態は、そう大きくは進化していないといえます。ダーウィンに批判的な論陣を展開した日本の生物学者、今西錦司は、生物の種が徐々に変化するのではない論拠のひとつとして、「自分が子どものときからずーっと、イワシはイワシだ」と述べています。

 進化理論が理解しにくい第2の原因は、現象そのものが集団の変化の動態(ダイナミクス)であるため、全体像を俯瞰しにくいということだと思います。現在であれば統計学の手法を使って記述するわけですが、しかし統計的性質というのも、これまた伝えるのが難しい感覚です。集団全体の構造や特徴をどう見るか、どう分析するかという話は、大学生相手の講義でもなかなか苦労します。分かる学生はすぐに理解できるのですが、分からない学生はいくら説明してもなかなか分かってもらえません。逆に、統計学が未発達だった時代にその本質をきちんと把握していたダーウィンは、やはり偉大だったのだと思います。確実な証拠に基づく論理的な思考の積み重ねだけで、そこに到達したのですから。ちなみに、正規分布の特徴を調べたり回帰分析を発明したりして近代統計学の元祖となったのは、ダーウィンのいとこのゴルトンです。彼については、第1回のサイエンス・トークで触れられたと思います。知識とか科学というのは、いろいろなところでつながっているもんですね。

 長大な時間の感覚と統計学的感覚。進化を「分かりやすく伝える」というのは、つまりはこの2つをいかに分かりやすく表現するかにかかっているのだと、思っています。自分なりに、あれこれ工夫を模索しているのですが、どちらもまだ、これだっ!という決め手に欠けています。
 長い時間を直感的に分かりやすくするために、当日は1m=1000年として地質年代を身近な距離に換算するということをやりました。この方法はぼくのオリジナルではなく、オックスフォード大学の進化生物学者、リチャード・ドーキンスがクリスマス・レクチャーでやっていたものです。その日本での引っ越し公演を見たのですが、この説明の仕方に初めて触れたときは、衝撃を受けました。こんなに分かりやすくする方法があるんだ、と。それ以来、ぼくもこの方法を使っているのですが、自分で発明したのではないこともあって、いろいろ細部で気に入らない部分があります。少しずつ改良していきたいものです。

 統計的な感覚を伝えることに関しては、今回はむしろ宮下先生や木下さん、所さんたちが準備してくださった、チョウの分布と形態の関係についてのお話しが、とてもいい素材となりました。生物の種の実態は、たくさんの個体が地理的な広がりをもって分布しているということです。それぞれの種の中にも個体の変異があり、種と種の間にも変異があり、さらにもっと大きな変異へとつながっていく。これらすべて、目の前の実物をきっかけにしながら、すでに語られていた内容でした。これは、その背後に広がる統計的な世界を垣間見せることにほかなりません。ぼくがすべきは、それらを進化の言葉に置き換えることだけでした。
 これは、自分にとって、ものすごく大きな収穫でした。こうすれば、統計的感覚を直感的に分かりやすく伝えることができる。ただ残念ながら、大学の教室やカルチャーセンターの会場では、いろいろな種類のチョウをたくさん飛ばすことはできません。スライドや写真では、どうも迫力に欠けるように思います。何かいい方法はないものか……。試行錯誤が続きそうです。

 このような、貴重で有益な機会を与えてくださって、本当にありがとうございました。子どもたちに分かりやすく伝えることは、専門家にとっても自分たちの仕事やその領域の動向全体を俯瞰するいい機会となります。本来は、まったくの素人さんに教えることができて、その分野をマスターしたと言えるのだと思います。サイエンス・トークが、子どもたちやコミュニケーターにとってだけでなく、専門家にとっても稔り豊かな場なのだとう認識が広まっていくことを祈っています。



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