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自然科学・一般書

もしも近代医学が
なかったら


森田暁 博物館プランナー

 昨秋起きた東海村の臨界事故の影響は、見えないところで教室にまで波及している。科学研究の現場とは直接関係ない人為的事故のおかげで、科学のイメージそのものが暗いものとなってしまうのだ。ただでさえ理科離れが進んでいる現在の子どもたちのなかでごく少数の理科好きが、さらに教室から浮いてしまうことになるのである。

 現代日本の科学技術体制にはさまざまな問題があるにしても、子どもたちにまず伝えなければならないのは、むしろ科学以前の世界の悲惨さである。その絶好の例が感染症に対する近代以前と現代の対応の違いではなかろうか。

  『四千万人を殺したインフルエンザ』は第一次世界大戦末期に全世界で流行したスペイン風邪をテーマにした本である。日本でも、このスペイン風邪と呼ばれたインフルエンザによって、演劇人の島村抱月など38万人もの人々が死亡しているのである。

 インフルエンザウイルスの恐ろしさは、ウイルスが勝手に遺伝子間の組み換えを起こして、知らぬ間に新型となり、それまでのワクチンが無効となる点にある。

 1997年香港に出現したインフルエンザも意表をついた新型だったが、国際的な協力によってすぐに対策がとられたために犠牲者は少なくてすんだ。そのかわりに、香港じゅうのニワトリやアヒルが1羽残らず処分された。

 そして、98年夏、スペイン風邪で死亡し、極北の永久凍土に埋葬されている遺体からウイルスの残骸を取り出そうという計画が実行に移された。本書はこの発掘作業の全貌を描き、80年前のスペイン風邪の恐怖を解説し、さらに最新の抗ウイルス剤の話題にまで及んでいる。

 もう1冊の『ウイルスの脅威』は、副題が「人類の長い戦い」とあるように、さまざまなウイルス感染症との戦いの歴史を述べたものである。

 第1部では、「成功物語」として天然痘、黄熱、麻疹ウイルス、ポリオとの戦いが描かれる。天然痘はほぼ世界的に全滅に向かっているし、野口英世が研究対象としたことで有名な黄熱についても伝播経路、流行阻止の方策が解明され、恐怖は去っている。麻疹すなわち「はしか」は、日本など“旧世界”においては今では軽い病気にすぎないが、かつて南北アメリカや太平洋で数多くの犠牲者を出したことがある。ポリオ(小児麻痺)もアメリカ大統領フランクリン・デラノ・ルーズヴェルトなど多くの被害者をもたらした恐ろしい病気だったが、50年代に画期的なワクチンが開発されたのはまだ耳新しい話である。そして、本書の後半はエボラ出血熱やエイズなど最前線の話題に費やされる。



四千万人を殺したインフルエンザ ウイルスの脅威

『四千万人を殺したインフルエンザ』
ピート・デイヴィス 著
高橋健次 訳
文藝春秋 \2,095
(本体価格)

『ウイルスの脅威』
マイケル・B・A・オールドストーン 著
二宮陸雄 訳
岩波書店 \2,800
(本体価格)

株式会社 ベネッセコーポレーション ベネッセ教育研究所発刊
月刊/進研ニュース[中学版] 第251号 2000年(平成12年)3月1日 掲載


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