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教育・一般書

現代社会の
倫理崩壊現象をどう見るか


荒巻正六 学校問題研究家

 変な事件が続いている。しかもそれは教育問題だけではなく、あらゆる分野に及び、子どもだけではなく大人社会にも、そして国の内外を問わずである。ひと口に言って、現代社会は倫理崩壊の危機に直面している。そこで本号では、そのことを鋭く指摘した次の2書を紹介したい。

 1つは京都大学教授で哲学者、加藤尚武氏の『現代を読み解く倫理学―応用倫理学のすすめ2』、もう1つは近畿大学特任教授で文芸評論家、柄谷行人氏の『倫理21』である。

 加藤尚武氏は冒頭、教育問題を挙げて次のように指摘する。いじめる子がいなくなるのを、いじめ対策の目標とするのは間違っている。いじめによる問題が起きると、「学校・親・地域は何をしていたのか」「見て見ぬふりをしていたのか」と責め立て、なかには学校に押しかけ、「教師と生徒、親と子、地域と子どもの人間関係にスキマをつくらないようにすべきだ」と言う。そんなことは実際問題としてできないだけではなく、人間の自立的成長にとってもなすべきことではない。昔あった騎馬戦などは、攻撃性を発揮させるからといってなくしたり、子どもの競争心をあおってはいけない、順位などわかるようにしてはいけない…、などまったくの欺瞞的平等主義だ。規制緩和の時代で、ますます自由競争が激しくなるのが実情である。いじめ対策はいじめられてもくじけない人間をつくることを目標とすべきだ。

 また反対に、他人のために奉仕しようという「献身の倫理」も、戦前の「お国のために」という一方的献身が否定されると、丸ごと否定されてしまった。「献身の倫理が復活されてはたまらない」という精神的風土が生まれたが、これが今日の日本の不幸をつくっているのではないかという。 著者はそのほか、環境・生命・医療・報道・宗教・科学・戦争・情報など広い分野にわたって、その倫理的問題点を追究する。そして最後に、社会形態として残った資本主義そのもののなかに、現代社会の倫理崩壊の根源があるのだから、それを超える社会形態が考えられるかと論究する。その鋭い考察は一読に値する。

 もう1冊の著者・柄谷行人氏は、独創的文芸評論家として、異色の評論活動を続けている。本書のなかで追究しているのは、いじめと人間の攻撃性、親の責任と世間という得体の知れないものの持つ力、個人道徳と国家、英米系倫理学とエゴ、アダム・スミスの経済学と倫理学、グローバリゼーションと世界的危機の招来、戦争と哲学者の責任、死者およびいまだ生まれざる者への倫理的義務などである。最後に著者は、数多くの具体的事例を論じきってカントに行き着いたとして「カント論」を付論として加えている。本書もまた、多くの方に一読を勧めたい。



現代を読み解く倫理学 倫理21

『現代を読み解く倫理学―応用倫理学のすすめ2』
加藤尚武 著 丸善ライブラリー \680
(本体価格)

『倫理21』
柄谷行人 著 平凡社 \1,600
(本体価格)

株式会社 ベネッセコーポレーション ベネッセ教育研究所発刊
月刊/進研ニュース[中学版] 第257号 2000年(平成12年)10月1日 掲載


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