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教育書

現代の子どもたちは、
なぜ大人になれないのか


橋本 美保 東京学芸大学助教授

 「大人になることが困難な時代」といわれる現代であるが、その困難さの原因はどこにあるのだろうか。村瀬学の近著『なぜ大人になれないのか―「狼になる」ことと「人間になる」こと』は、「いつの世でも、生き物は『大人になる』ためには、どこかで『狩り』をし『獲物を捕る』訓練をしなければならないはずなのだ」「いつも『やさしく』『誰も傷つけないように』するわけにはゆかない」と、人間が本来持っている「狼」としての素質が決して「異常」という言葉で片づけられないことを説いている。

 本来、少年少女は「若者」へと成長する過程において、失敗や試行実験を許されているはずである。しかし、現代社会においてはゆがんだかたちでしか発現を許されていないという出口なしの状況に置かれている。近年、「17歳」の少年の事件ばかりが世間を騒がせているが、その核心、つまり人間の狼性をそのような行動においてしか解放できないでいる、ということに、現代の大人たちは思いが至っていない。

 本書のテーマは、現代の若者の実態を「狼になる」というキーワードで読み解き、「大人になる」ことの困難さの深層に迫ることにあるのだが、結論をいえば「狼になる」ことの意義は、ゆがんだ私的正義からなる「共同意志」に立ち向かうことにあるという。著者はこの原理を説明するいろいろな事件を挙げ、鮮やかな解釈をみせる。古くはルーマニアの「ダーキア人」の「軍事的イニシエーション」、中島敦の『山月記』、手塚治虫の『バンパイア』などに見られる獣への変身。この変身願望とその試行実験こそが少年少女に許された、若者への脱皮、親からの巣立ちへの準備なのであった。暴力団組長の妻となり、のちに弁護士となった少女のかつての非行も、この変身への必死のあえぎであったと説明される。思考世界を現実へと実際に試行してしまった佐賀のバスジャック事件や中学生による5000万円恐喝事件については、心理学者による行動分析よりも本書の説明のほうが説得力を持つ。

 新美南吉の『嘘』、小室哲哉の歌、援助交際是非論を分析しながら、著者は異常に清潔好きの現代の少年少女のなかに潜在的な狼性がふくれ上がるのをみる。若者は、人であると同時に狼であるという二面性を抱えながら矛盾を矛盾として生きなければならない。大切なことは、その矛盾を意識できることである。

 最後に著者は、子どもから若者への脱皮をいろいろな表現で語っている。若者の主体的変身の必要性を現代の不可解な事件や物語から説明する手法は見事であり、ぜひ一読をお勧めしたい。



なぜ大人になれないのか

『なぜ大人になれないのか
―「狼になる」ことと「人間になる」こと』
村瀬 学 著 洋泉社 \680
(本体価格)

株式会社 ベネッセコーポレーション ベネッセ教育研究所発刊
月刊/進研ニュース[中学版] 第266号 2001年(平成13年)7月1日 掲載


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