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自然書

「死物学の世界」を
探検する


森田 暁 博物館プランナー

 都会での生活しか知らない、もしくは関心を持たない子どもたちに、直接自然を体験させるため、動植物観察の重要性が説かれて久しい。しかし、「言うは易く行うは難し」で、一回だけのものではなく数年間のスパンのなかで子どもたちを自然に触れさせていこうとするならば、教師のほうもかなり本格的に構えざるを得なくなる。

 しかも、昆虫や鳥など、観察のための方法がある程度一般化されているものならともかく、子どもたちがいちばん関心を持つ哺乳類の場合には、そうそう簡単な観察方法があるわけではない。生きた哺乳類はたいていとても憶病であり、人間の前に姿を現すことはまれだからである。ただし、何かを食べた跡や、足跡あるいはトンネルの跡を野山で探すことは可能である。それでもそこから想像を働かせることはかなり難しい。動物そのものに出合うのだったら、死体が手っ取り早いではないか。かつてはモグラの死体などは大都会のまん中でも見つかったものだ。開発が進んだ現在、自動車道路で交通事故に遭ったタヌキやノウサギに出合うのはそれほど珍しいことではない。

 だからこそ本書は、裏山を利用した、イヌ・ネコ以外の哺乳類の観察をしようとする教師にとっての格好の手引き書になることだろう。内容は、題名通り、野山にいる、タヌキ、イタチ、テン、ハクビシン、モグラ、アカネズミなどの小型哺乳類の死体とつきあっていこうというものである。著者が動物の死体と初めて出合ったのは、教員養成系大学の2年生だったとき。家の近所で見つけたイタチの死体を、手引き書に従ってはく製にして動物学の先生のもとに持っていって、こっぴどくしかられた。死体を学術標本にするには、まず採集日、採集場所、状況など採集データを記す必要がある。そのうえで、外部計測を行う。全長・尾長・後足長・耳長・体重などである。それが終わったあと、骨格標本と毛皮標本を製作するのである。博物館にもはく製は展示されているが、あれは教育用のものであって、動物の学術標本そのものではないのである。

 こうして標本を集め始めた著者は、動物について独自の論を考え始める。日本で見られる哺乳類のうち、タヌキ、アナグマ、アライグマなどは、皆、頭部にパンダと同じような白黒の模様がある。「これはなんのためなのか」という疑問がわいてくる。著者は「目玉を隠すためでは?」という仮説を立て、考察を始める。ほかに、各種の小動物のペニス比べなど、実体験に基づいた哺乳類の形態に関するさまざまな話題が提供される。

 著者は香川県出身で、香川大学で教育学修士となり、現在は、モグラの捕獲やワシタカ類の調査(環境アセスメントの仕事)で各地を転々としているとのことである。



死物学の観察ノート

『死物学の観察ノート
――身近な哺乳類のプロファイリング』
川口 敏 著 PHP新書 \660
(本体価格)

株式会社 ベネッセコーポレーション ベネッセ教育研究所発刊
月刊/進研ニュース[中学版] 第268号 2001年(平成13年)10月1日 掲載


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