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教育・一般書

失敗から学ぶ力


橋本 美保 東京学芸大学助教授

 東京大学大学院の工学系教授が長年の設計に関する指導の経験に基づいて著した『失敗学のすすめ』は、教育書として非常に示唆に富む内容である。本書は、失敗とうまくつきあうことによって、個人の成長や組織の発展が促されることを論理的に説明している。

 だれしも「こうすればうまくいく」という成功話を聞きたがり、マニュアルに従って落ち度なく仕事をこなすことを望むが、やがてそれでは不十分であることに気づくという。成功話やマニュアルは、どこかで見聞きした企画にすぎない陳腐なものだからである。本当にほしくなる話とは、「こうするとまずくなる」話であり、まずくなる必然性を知っていれば、同じ失敗をする時間と手間が省けてワンランク上の創造の次元からスタートできるからである。このように、失敗に取り組んでうまく生かせばその後の創造のヒントになり、また将来起こり得る大きな失敗を避けることもできる。反対に失敗を避けたり隠したりしていると、成功の達成感を得ることが少ないだけでなく、成功そのものもおぼつかないし、ましてや大きな失敗を避けることができないのである。

 著者が単なる格言の解説者と異なるのは、「失敗学」の表題が表すように、失敗の定義・種類や特徴を解説し、失敗情報の伝達様式を構造的に解明している点にある。著者は失敗情報の伝達のプロセスを体系化したことで、ある失敗を生かすことができるか否かの要因がどこにあるかを説明している。失敗を創造の種にするための正しい失敗情報の伝達には、(1)失敗経験の記述、(2)記述した失敗情報をデータとして加工し記録、(3)知識化、(4)伝達、という一連のプロセスが重要であるという。自らの「失敗学」の理論によって、現代日本に起こった大失敗――茨城県東海村のJCOの臨界事故、営団地下鉄日比谷線脱線事故、JR西日本のトンネル崩落事故、雪印の集団食中毒事件など――の原因やこのような失敗をなくすための解決策を提示する手法は、鮮やかで説得力がある。ここで注目されるのは、失敗情報として他の人に価値があるのは、失敗する当事者の「主観的な」思いであるということだ。正確な時間や正確な地理などの客観的情報ではなく、「失敗すると人はどのような気持ちになるのか」を知りたくなるのであり、その情報こそが自分の失敗防止に役に立つ。

 失敗という窓から「解を求める学習で得た知識と体感学習で得た知識は違う」ことを照らし出した本書を読んで、今求められている学力とは、「失敗から学ぶ力」ではないかと考えさせられた。



失敗学のすすめ

『失敗学のすすめ』
畑村洋太郎 著 講談社 \1,600
(本体価格)

株式会社 ベネッセコーポレーション ベネッセ教育研究所発刊
月刊/進研ニュース[中学版] 第270号 2001年(平成13年)12月1日 掲載


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