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教育書

「学力低下」を
もたらしたものは


永井 聖二 群馬県立女子大学教授

 1980年代以降進められてきた「ゆとり教育」は、この4月からの新学習指導要領の実施で、さらに推進される。

 ところが、このところの文部科学省関係者の発言は、「指導要領は最低基準」と、一時期とは明らかに姿勢を異にしている。新学習指導要領の具体化のための準備を進めてきた教師たちは、戸惑いを禁じ得ないのではないだろうか。

 戸瀬信之、西村和雄両氏の『大学生の学力を診断する』は、話題を集めた『分数ができない大学生』(東洋経済新報社)などの一連の報告の続編というべきもの。1998年から2001年にかけて行われた大学生の数学の学力調査の報告をまとめ、国際比較や解説を付している。

 すでに1981年の時点で、国際比較によると日本の中学生の数学の授業時間数はかなり少なく、それを今回さらに削減した結果どうなるかが危惧されるというのだが…。

 私立文系、国立文系、理工系学部、大学院生、そして教員養成系学部の在学者を対象とした学力調査の結果が、章を追って詳細に示される。

 3x2−5x+1=0 というような基本的な二次方程式を解けない大学生が、いわゆる難関大学といわれる大学を含めて少なくないというデータを突きつけられると、現状を肯定できる読者は少ない。

 80年代以降の「ゆとり教育」路線に、大学の生き残り戦略としての入試科目の削減が加わってもたらされたこうした状況は、数学に限られたことではなさそうで、若年層の全般的な学力低下を指摘する著者の主張は、当然ながら等閑にできない。

 もっとも、私見では、今日の子どもの学習を支える体験の希薄化にも問題はあり、体験の再構築を目指しながら、他方で学力を維持する必要があるところに、日本の学校が直面する問題の難しさがある。

 いちばんの問題は、「ゆとり」と授業時間数削減を結びつけた短絡と、著者も指摘する公教育における卓越性の追求の欠如であろう。

 もう一つ、わが国の教育改革論議が観念的、情緒的で、データに基づいた議論がなされることがなかった、とする批判も妥当なものだ。その意味で、第9章の「何が学力低下をもたらしたか」は、この問題を的確に理解するための有益なまとめになっている。



大学生の学力を診断する

『大学生の学力を診断する』
戸瀬信之・西村和雄 著 岩波新書 \700
(本体価格)

株式会社 ベネッセコーポレーション ベネッセ教育研究所発刊
月刊/進研ニュース[中学版] 第274号 2002年(平成14年)4月1日 掲載


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