ヤングアダルト声にならない声を聞く増田 喜昭 子どもの本屋 「メリーゴーランド」店主 |
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「もし、森の中で木が倒れたとして、それを聞いている人がだれもいないとしたら、その木は音を立てていると言えるんだろうか?」 言葉を失ってしまう少し前に、ブランウェルは「ぼく」(コナー)にこんな質問をしていた。 “あの事件”以来、言葉を話さなくなった13歳のブランウェルは、「ぼく」とその義姉マーガレットによって少しずつ快方に向かっていく。“あの事件”で、ブランウェルの妹である赤ん坊のニッキは重体になってしまった。しかも、その原因はブランウェルにあると疑われているのだ。 少しずつ謎が解けていく快感、並行して語られるニッキの病状とブランウェルの回復。読んでいて目が離せない。著者・カニグズバーグの物語の緻密さは、このサスペンスに驚くほどよく合っている。さすがに理科の先生だなあ…と、変な納得をしてしまう。 コナーとマーガレットの活躍はアガサ・クリスティーの描く名探偵ポワロのようだが、なんといっても、この物語の主役は二人の13歳の少年である。カニグズバーグは子どもを描く達人である。それも8歳から12歳くらいまでである。特に『クローディアの秘密』(岩波少年文庫)はあまりにも有名だ。これは映画にもなっていて、物語のカギを握るすてきなおばあさんの役を、あの映画『カサブランカ』のイングリッド・バーグマンが演じている(映画タイトル『クローディアと貴婦人』、1973年)。 話を戻そう。そのカニグズバーグが、13歳を描いたのだ。12歳ではなく13歳なのだ。13歳には大人の部分がある。読んでいて、ぼくは「あっ!」と声を出してしまったほどだ。ブランウェルの声にならない声の奥に、大人になった彼が住みついていたのだ。 詳しくは、読んでみてのお楽しみなのだが、ラストのシーンは大いに感動する。改めてカニグズバーグの物語の運びのうまさにため息が出る。 原題の『Silent to the Bone』 は「骨まで黙ってしまった」という意味だが、まさに心の奥深くしまい込まれている言葉を、今、ぼくたち大人は聞かねばならないのかもしれない。大人と子どもの真ん中にいる中・高生たちの隠された言葉を知る、そのヒントがこの一冊のなかにあるような気がする。 事件の謎を解くのに夢中になっているうちに、忘れてはならないもう一つの内側の謎にも目が向けられていくだろう。 それにしても、この二人の住んでいる町はカニグズバーグの前作の『ティーパーティーの謎』の町と同じだとぼくは思うのだけど…。 |
『カニグズバーグ作品集9 13歳の沈黙』 | ||
E・L・カニグズバーグ 著 小島希里 訳 |
岩波書店 | \2,500 (本体価格) |