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自然科学書

科学の最前線とオタク的知識


森田 暁 博物館プランナー

 戦後すぐに、エッセイ『共産主義的人間』を書き、うるわしき社会主義イメージへの疑義を提示した林達夫は、戦前、日本に科学ジャーナリストがいないことを嘆いていた。日本には最新の科学研究はある。層の厚い読者もいる。しかし、それをつなぐ者がいない、という趣旨だった。

 教科書の枠を離れて展開される、「総合的な学習の時間」にあっては、生徒からの意外な方向での発言に対応しなければならないことがある。彼らの情報源は、漫画作品やテレビ番組ではあるが、ある特定の話題についてはとても詳しいことがしばしばある。それらのオタク的知識を軽視していると、とんでもないことになりかねない。

 『最新恐竜学レポート』が教師にとって必読書となるのは、そういった事情からである。本書は、有力なサイエンスライターによる、ここ十年ほどの間に急速に進展した恐竜研究の最前線についての報告である。著者の主張はわかりやすいものである。恐竜学は日々進歩しているのに、日本の恐竜に関する本は、何十年も前の仮説をそのまま載せている、と。例えば、だれもが知っている肉食恐竜、ティラノサウルスの手は、これまでの復元では肩の位置についていた。映画「ジュラシック・パーク」のように。ところが、昨年夏、ティラノサウルスについて次のようなことがわかったという。実際にはティラノサウルスの左右の肩甲烏口骨は、深いV字型の叉骨と呼ばれる骨でつながれ、従来の復元よりずっと中央寄りでくっついていた。したがって、ティラノサウルスの腕は、肩ではなく胸の中央近くから生えていたことになり、これまでの復元画や復元骨格は、一夜にして時代遅れになってしまったという。

 ほかには、巨大恐竜として各種恐竜本に今でも復元図入りで描かれているウルトラサウルスの存在がすでに学問的に否定されていることをはじめとして、恐竜にまつわるさまざまな話題が紹介される。なかでも圧巻なのは、NHKの人気を呼んだ恐竜番組『花に追われた恐竜』についての根源的な批判で、この分野に関してまったくの素人である評者に対しても、説得力のある批判となっている。

 著者は、SF業界に軸足をもつ文系出身のサイエンス・ライターだが、その著書は専門書なみの質と評する理系研究者もいる。最新の学術論文を博捜し、世界中をまたにかけて、学会や採集現場における実地調査を怠らないからだ。

 本書をお薦めしたいいちばんの理由は、日本のオタク文化を最も質の高いところで見てもらいたいことにある。



最新恐竜学レポート

『最新恐竜学レポート』
金子 隆一 著 洋泉社 \1,900
(本体価格)

株式会社 ベネッセコーポレーション ベネッセ教育研究所発刊
月刊/進研ニュース[中学版] 第276号 2002年(平成14年)9月1日 掲載


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