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社会科学書

ネットワーク時代の
人間関係の意味


岩間 夏樹
ライズコーポレーション代表取締役

 書名である「ソーシャル・キャピタル」をそのまま「社会資本」と訳してしまうと、道路や橋や下水道といった公共事業的なものになってしまう。ここでいう「ソーシャル・キャピタル」は、人的なネットワークから得られるものを指している。人的社会資本(ソーシャル・ヒューマン・キャピタル)と訳すべきだろうか。

 もともとはアメリカの社会学者・コールマンの、高校生のドロップアウトの原因の研究などから導き出された概念である。例えば、地域コミュニティがしっかりとしていれば、それとなく若者たちの行動が大人たちによって観察され、非行に走りにくい、といった現象がある。この場合、そういう場所に住む若者たちは、ソーシャル・キャピタルを利用可能な状態にある、と考えられる。

 今となっては、いささか素朴にすぎる指摘だが、社会状況の変化がこの概念に新しい意味を与えた。企業や公共セクターのピラミッド型の大組織が機能不全に陥り、非効率と腐敗にあえいでいる。反対に、より平板で分権型のネットワーク的な組織が、その効率のよさを評価されて増えつつある。IT技術の発達がその動きに拍車をかけ、直接対面することのない、バーチャルな人間関係を基礎とする組織も出現した。

 このような背景のもと、有能な人材を可能な限り多数集め、有機的にマネジメントするという個人主義的な考え方は行き詰まり、いかに豊かな人的ネットワークを構築するかが組織の質を決定する、というところに軸足を移しつつある。人間関係も、個人主義の視点からは、コネ、人脈といった消費されてしまう「資源(リソース)」だったが、ネットワーク的な視点からは長期にわたって投資と配当を繰り返す「資本(キャピタル)」ということになる。

 日本においても、戦後約半世紀続いた終身雇用サラリーマンの時代が終わり、さまざまなキャリア経路をたどるフリーエージェント的な生き方が広まりつつある。グローバルスタンダード的な個人主義だけでなく、日本的な集団主義もまた、ネットワーク化の波にさらされているのだ。ソーシャル・キャピタルはわれわれにとっても無視できない意味を持ちつつある。

 本書は純粋な学術書というよりは、ビジネスマン向けのハウツー集といった雰囲気でまとめられている。日本ではいまだソーシャル・キャピタルに関する概説書がほとんど出版されていないなか、貴重な書籍といえる。



ソーシャル・キャピタル――人と組織の間にある「見えざる資産」を活用する

『ソーシャル・キャピタル――人と組織の間にある「見えざる資産」を活用する』
ウェイン・ベーカー 著
中島 豊 訳
ダイヤモンド社 \2,400
(本体価格)

株式会社 ベネッセコーポレーション ベネッセ教育研究所発刊
月刊/進研ニュース[中学版] 第277号 2002年(平成14年)11月1日 掲載


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