●HOME●
●図書館へ戻る●
●一覧へ戻る●

自然科学・一般書

「今」を映し出す虫の世界


塩野米松 作家

 近ごろぼくは、「虫」がこの国の現状を表す隠れたキーワードではないかと思っている。

 この国ほど、昆虫図鑑がたくさん本屋や図書館に並んでいる国はない。どれもかなり優れたもので、世界に誇れるものである。しかしなぜかその多くが「子どものため」のものである。この国では、昆虫図鑑を一冊も持っていない子はいないのではないだろうかとさえ思える。

 こんなに「虫好き」に見える国民なのに、これほど虫嫌いの国はない。子どもの時はあれほど虫の本を与えられたのに、大人になると徹底的に虫を嫌う。虫好きの大人は今も「変人」である。

 その現代の変人ともいえる虫好きが集まってしゃべりまくったのが、『三人寄れば虫の知恵』。

 解剖学者の養老孟司、フランス文学者の奥本大三郎、生物学者の池田清彦という、その世界では学問をリードするそうそうたるメンバーが、「なぜ自分たちが虫が好きになったか」から始まって、昆虫採集とは何か、世界各地の虫の話、擬態の意味、進化とは何か、などと縦横無尽に語り合う。

 それぞれが内心では「自分こそいちばんの虫好き」と思っている連中が集まっての話だけに、あきれるほどの博覧強記ぶりを発揮しながら、いささか傍若無人に、「虫の世界を知らぬ者は損だ、こんな面白いものはない」「虫を通してこそ世界が見える」と語る。

 啓蒙だとか読者への知識のサービスは一切なしだが、それぞれこの国を代表する学者たちの話だけに、専門分野の知識を背景に、含むところが多く、現在の日本の制度や人々の生き方に対しても辛辣な話が展開される。

 虫嫌いの人にも十分おもしろく、恐ろしく、うなずくところが多い。

 時代によって、“その時”が写し出せる鏡がある。今は巨大な世界すべてが映し出せる鏡は存在しない時代だ。粉々に割れた一片の鏡に映った虫の世界が、「今」を映しているのではないだろうか。

 『空飛ぶ寄生虫』も、寄生虫という日本人からは徹底的に嫌われている“虫”を通して、世界のなかの日本を映して見せた本である。

 著者は、わが国では数少ない寄生虫の専門家・藤田紘一郎。

 目から出てくる虫の話やエボラ熱、熱帯マラリヤの患者を実際に扱った話を軽妙に語りながら、無菌国家を目指す日本が、いかに危険な状態にあるかを警告する。

 学者が自在に、しかも自らも楽しみながら語ってくれると、専門分野の話は実におもしろい。彼らは、こんな話を酒の肴にして飲んでいたのではないだろうか。それをそばで聞く贅沢が、これらの本にはある。


三人寄れば虫の知恵 空飛ぶ寄生虫

「三人寄れば虫の知恵」
養老孟司/
奥本大三郎/
池田清彦 鼎談
洋泉社 \1,800

「空飛ぶ寄生虫」
藤田紘一郎 著 講談社 \1,600

株式会社 ベネッセコーポレーション ベネッセ教育研究所発刊
月刊/進研ニュース[中学版] 第218号 1997年(平成9年)6月1日 掲載


Copyright (c) 1996- , Child Research Net, All rights reserved