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社会科学・一般書

アジアを巡る旅


あわやのぶこ 異文化ジャーナリスト

 旅の記事は、およそ雑誌の定番である。特に海外旅行の案内は、日本の円が強くなるにつれ、より豪華になった。それに対して、貧乏旅行は少数派ながらも、かえってその魅力を主張している。

 下川裕治は10年ほど前に、「週刊朝日」で“12万円で世界を歩く”という超貧乏旅行で注目された旅行ライターである。比べるのも変だが、猿岩石のやらせ旅行なんぞ、問題にならぬほどのおもしろさであった。お金がないというリアリティの持つ悲しさ、おかしさ、楽しさにいろどられた貴重な旅。

 いくら仕事とはいえ、貧乏旅行のライターを長年続けている彼は、旅そのものが本当に好きなのだろう。

 「旅というのは、アヘンのようなものだ」

 実際彼は、旅をするために、勤めていた新聞社も3年で辞めてしまったそうだ。辞表には、“一身上の都合”と書いたものの、本当の理由を話してもまったく信用されなかった。

 「旅に出るということは、当時の、いや今でもそうかもしれないが、せっかく勤めた会社を辞めるほどの理由にはなりえなかったのである。あまりに相手を小バカにしたような辞職の理由に、上司たちは僕の本音を探ろうとしたのである。しかし僕の辞める理由は、やはり旅に出ることだった」

 こだわるようだが、猿岩石が大きな話題になった時、テレビという最も一般化したメディアが貧乏旅行までつくり上げてしまうのかとうんざりした私だが、『アジアの誘惑』には、下川氏の貧乏旅行を選択してしまった心情が記してあって興味深い。

 さて、旅すること自体がテーマという旅行記がある一方で、何かを調べにいくテーマ旅行がある。

 もっとも、石川好の『フィリピン−ラテンアジア感情旅行』というテーマ旅行は、少し複雑である。つまり、『ストロベリーロード』から10年、彼はカリフォルニアで出会ったフィリピンを探しにいく旅に出たのである。

 以前に貧乏な一人旅もさんざん体験したはずの石川氏は、このテレビ取材班つきの豪華な旅に、少し居心地悪そうにテレながらも、彼らしい色に染まったおもしろい旅にする。

 ジプニー(異色の自動車)を調べに行ったり、『地獄の黙示録』(F・コッポラの映画)の現場の謎解きを試みたり、日本とフィリピンとアメリカの歴史や自分史をたどりながら、あちこちに思いを馳せ、考察の旅をする。『ストロベリーロード』を知らぬ読者にも十分楽しめる。

 アジアを巡る二種の旅を読み、今さらながら日本人の買い物旅行を思う。やはり、旅する人の思いや経験のほうが、断然おもしろいから。


アジアの誘惑 フィリピン ラテンアジア感情旅行

「アジアの誘惑」
下川裕治 著 講談社文庫 \580

「フィリピン ラテンアジア感情旅行」
石川 好 編 NHK出版 \1,700

株式会社 ベネッセコーポレーション ベネッセ教育研究所発刊
月刊/進研ニュース[中学版] 第218号 1997年(平成9年)6月1日 掲載


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