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ヤングアダルト

物語られる記憶


酒寄進一 和光大学助教授

 今回のお勧めは、真保裕一の『奇跡の人』とフェイ・ミエン・インの『骨』。

 二つの小説を結ぶキーワードは、「記憶」だ。自分のたどってきた半生や、家族の記憶。それが、今を生きていく大きな支えにもなると同時に、どれだけきつい呪縛になるかを見せつけてくれる。

 『奇跡の人』は、交通事故で脳死寸前の状態になって生還し、病院で奇跡の人と呼ばれる人物が主人公だ。主人公の克己は生還したが、それまでの記憶をすべて失い、再びゼロから人生を始めた。学力は中学1年生程度。ただ一人の肉親である母親は、入院生活中にガンでなくなっている。

 物語は、主人公の今と母親が残した看病記録で構成されている。その看病記録は主人公の今と、失われた過去の記憶を結ぶ重要な接点なのだが、いざ主人公がさらに自分の過去を遡ろうとすると、なぜかその道は母親によって周到に閉ざされている。

 そのあたりからミステリー仕立てになるが、主人公は事故当時を知る医師や高校時代の友人たちによって自分の記憶が物語られるにつれ、病院で温かい眼差しに囲まれて生きてきた今の自分とはかなり違う、もう一つの人格と出会うことになる。

 一方『骨』は、アメリカのチャイナタウン育ちの二世が主人公だ。

 親は豊かさを求めて香港から渡ってきたが、夢破れてうらぶれた暮らしに甘んじ、アメリカで骨をうずめる覚悟をしている。そんな両親を見ながら育った3姉妹の長女レイラの目で、家族の記憶が物語られる。

 レイラは、6歳の時に母が再婚した記憶をもち、再婚後に生まれた下の姉妹とは家族の記憶に微妙な違いがある。

 その違いは三人三様、その後の人生を決めていく。二女はチャイナタウンの真ん中から外に出られない閉塞状態のなかで自殺してしまい、記憶がもっとも薄い三女は軽々と家族の記憶の外へ、そしてチャイナタウンの外へと出ていく。

 踏ん切りがつかないのがレイラだ。自分の結婚にも迷い、親ともつかず離れずの微妙な距離を保ち続ける。物語は、踏ん切りをつけたレイラの回想で綴られる。

 物語るべき記憶がないばかりにそこに呪縛される『奇跡の人』の克己。物語るべき記憶がありすぎるばかりになかなか自分の未来が開けない『骨』のレイラ。

 今まさに自分の記憶を徐々に刻みつけている若い人々に、ぜひ読んでほしい作品だ。


奇跡の人 骨

「奇跡の人」
真保裕一 著 角川書店 \1,700
(本体価格)

「骨」
フェイ・ミエン・イン 著
小川高義 訳
文芸春秋 \1,905
(本体価格)

株式会社 ベネッセコーポレーション ベネッセ教育研究所発刊
月刊/進研ニュース[中学版] 第221号 1997年(平成9年)9月1日 掲載


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