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教育・一般書

言語獲得能力の
起源を探る


永井聖二 群馬県立女子大学教授

 ヒトは言葉を操ることによって、その学習能力を飛躍的に発展させた。生後2か月過ぎから「アー」「クー」といった音声で大人との交流を図っていた赤ちゃんは、1歳を過ぎる頃から、言葉によるコミュニケーション能力を急激に発達させる。

 この変化の過程を、行動学を専攻する著者が解き明かしたのが、正高信男著『0歳児がことばを獲得するとき  行動学からのアプローチ』である。

 著者によると、新生児はチンパンジーに似たのどの形態をもって生まれるが、生後3か月過ぎになると、のどの構造は成人のタイプのそれへと変化する。生まれてすぐはチンパンジーのほうに近く、発育するとヒトらしさが出現するのだが、もしそれ以前からヒトらしいのどの構造をもっていたら、ものをのどにつまらせる窒息死事故が多発するという。

 しかし、それは決してヒトの赤ちゃんが、一般的に未熟な状態で生まれてくるということではない。実は、ヒトの赤ちゃんは誕生した直後に乳首を吸い始めるが、その段階から驚くべき積極性をもって、外界とかかわりをもつようにできているのだ、と著者は説く。

 大学時代に心理学や教育学の授業で、「ヒトは白紙の状態でこの世に生を受ける」(ジョン・ロック)とか、「ヒトの赤ちゃんは本来よりも生理的早産の状態で、この世に産まれてきている」(アドルフ・ポルトマン)という説を紹介された覚えのある読者も多いことと思う。しかし、著者によれば、「ヒトの新生児が未熟であるという証拠は本当はどこにも見当たらない。それどころか誕生して間もないというのに、ニホンザルやほかの霊長類と比べて、はるかに成熟した行動を行うのである」という。

 このほかにも本書は、授乳を通しての母子間交流、おうむがえしの意味、母親語の役割等を明らかにし、言語獲得能力の起源を探る。ここに示されたヒトの赤ちゃんの興味深い積極性は、新しい教育論の基盤を提供するものともなろう。

 同じ著者の編著による『ニホンザルのこころを探る』は、ヒトに固有と思われてきた高次な心の働きが、すでにニホンザルにも共有されていることを示すが、ヒトの心には、主体の側から外界へ能動的に働きかける、一種の図式が用意されていると主張する。二つの本には一部に重複する内容とデータが含まれるが、併せて一読を勧めたい。


0歳児がことばを獲得するとき 行動学からのアプローチ ニホンザルの心を探る

「0歳児がことばを獲得するとき
 行動学からのアプローチ」
正高信男 著 中公新書 \660
(本体価格)

「ニホンザルの心を探る」
正高信男 編著 朝日新聞社 \1,165
(本体価格)

株式会社 ベネッセコーポレーション ベネッセ教育研究所発刊
月刊/進研ニュース[中学版] 第221号 1997年(平成9年)9月1日 掲載



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