●HOME●
●図書館へ戻る●
●一覧へ戻る●

教育書

現代教育への警告と
新しい教育学


荒巻正六 学校問題研究家

 今月は、現代教育改革論のなかで、今後強く影響力を持つ中教審答申に焦点を当てながら、中教審そのものの性格とその提言を厳しく論じた武庫川女子大学教授・新堀通也氏の『老兵の遺言状』と、従来の教育学とまったく異なる視点から、新しい教育学を構築しようとするユング心理学の泰斗・河合隼雄氏の『臨床教育学入門』の2書を紹介したい。前者は文明批評的見地から、後者は子どものなかに立ち入った実践的見地から現代教育を見直し、新しい方向、あるいは学問を建設しようとするものである。

 前者『老兵の遺言状』は、著者の新堀氏が「自分は老境に入ったが、なお日本や日本人を愛し、その現在や将来を憂える愛国、憂国の念を現すもの」としてこのタイトルをつけている。本書は3章構成になっており、第1章はこのコーナーでも紹介したことのある「教育大変な時代の到来」、第2章「現実直視の回避」、第3章「反時代的考察」で、全編が警世の文言に満ちている。

 そのほんの一例をあげると、次のようである。

 中教審は、文部省の発案に“お墨付き”を与える“かくれみの”か。「生きる力」以下数々の提言は、いずれもそれ自体なんの問題もないが、網羅的で楽天的な甘いタテマエ論が支配している。子どもの個性はすべて望ましいものか。子どもの希望や選択を受け入れる条件が社会に用意されているのか。個性でメシが食えるか。規制緩和は自由競争を激化させ、やがて「淘汰の時代」に突入するのだが、教育における責任もそれでいいのか。学力より人物というが、学力と人物は反比例するという証拠があるのか。国をおおう倫理感覚が麻痺しているなかで、道徳教育の成立し難い現実を直視しているのか等々、まさに教育警世録だ。

 河合隼雄氏の「臨床教育学」という用語は、著者もいう通り、あまり耳慣れたものではない。今日「教育学」という分野があるのに、あえて「臨床」と名づけ、新しく拓かれた学問領域を必要と考えた理由を次のようにいっている。

 現代教育学は、近代科学の客観性、普遍性、論理性を持っているとしても、今日のいじめ、不登校、その他子どもの問題に対応する十分な力を発揮していない。むしろそういった客観性、普遍性、論理性をいったん離れて(捨てるのではない)、子どものなかに自分を入れ込んでみたらどうか。そこには常に新しい発見がある。現象の中に生きることによって得た知覚によって理論を考える。新しい教育学はそこから生まれる、とする。詳しくは読んでいただくしかない。


老兵の遺言状 臨床教育学入門

『老兵の遺言状―現代教育警世録』
新堀通也 著 東信堂 \1,800
(本体価格)

『臨床教育学入門』
河合隼雄 著 岩波書店 \1,650
(本体価格)

株式会社 ベネッセコーポレーション ベネッセ教育研究所発刊
月刊/進研ニュース[中学版] 第227号 1998年(平成10年)3月1日 掲載


Copyright (c) 1996- ,Child Research Net,All right reserved