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教育・一般書

教育破壊の思想的根元を衝く


荒巻正六 学校問題研究家

 昨年の神戸児童連続殺傷事件、今年になってからの中高生による黒磯女性教師刺殺事件、警官襲撃事件、東松山の東中・刺殺事件などの凶悪犯罪の頻発、そして小学生までもが担任女性教師に対して、「うるせえんだよ、ばばあ」と聞くに堪えない悪態…。そこには教師を教師とも思わず、級友を級友とも思わず、欲しいものは殺してでも奪いたいという罪の意識も人間味もまったくない人間が育ちつつある。ナイフの持ち歩きは危ないから所持品検査をしようとすれば、「それって人権侵害じゃない」と子どもの声が返ってくる。“人権”と聞いただけで二の足を踏む大人の側の雰囲気もある。ここにはもう教育の成立する状況はない。しかし書評子は、この教育崩壊の裏には、それを誘発しようとする教育破壊の思想的流れがあると思う。本号では、その教育破壊の思想的根元を衝いた2書を紹介したい。

 その1つは、筑波大学教授・中川八洋氏の『国が亡びる』である。氏は、古代ギリシャや古代ローマ帝国が、外圧でなく国民自らの腐敗と頽廃によって滅亡したことを例にとりながら、現代日本の礼節や道徳を省みない頽廃ぶりは、古代ローマの末期よりはるかにひどいと嘆いている。なぜこうなったのか、その根底を探れば、18世紀の思想家ルソーの、“凡ての束縛から児童を解放し、自然人こそ人間の理想”とする考え方にたどり着く。かくて、道徳や正義から解放された子どもたちは、気持ちがいいか悪いかの感情だけで行動し、人間社会がまったく見えなくなった。そこにあるのは野生の生活と変わるところがない。この流れを汲む「子どもの権利条約」にも、子どもの反乱を扇動するものがあるという。それらを人権というならば、人権教育が徹底するほど青少年犯罪の凶悪化が進んでいるではないかと論ずる。今こそ、大人にも教師にも本書の一読を勧めたい。この著者には『正統の哲学・異端の思想』という別著もあって、これらをさらに深く論じている。

 もう1つは、京都大学教授・佐伯啓思氏の『現代民主主義の病理』である。氏によれば、現代日本の不幸は、デモクラシーが成立していないからではなく、そのデモクラシーがあまりにも規律を持たず、無責任な言論の横溢をもたらしているところにあるとし、特に60年以降、反体制派に迎合するジャーナリズム、進歩的文化人によるすさまじいまでの価値破壊、権威破壊、伝統破壊と指摘する。彼らは「責任を追及する」を合い言葉に、自らは責任外に身を置き、日本改革、教育改革を声高に叫んでいる。価値体系を破壊しておいてなんの改革があるのか。詳しくは本書を読んでいただくしかない。


国が亡びる 現代民主主義の病理

「国が亡びる」
中川八洋 著 徳間書店 \1,500
(本体価格)

「現代民主主義の病理」
佐伯啓思 著 NHKブックス \874
(本体価格)

株式会社 ベネッセコーポレーション ベネッセ教育研究所発刊
月刊/進研ニュース[中学版] 第229号 1998年(平成10年)5月1日 掲載


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