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一般書

「泣きたい」衝動を呼び起こす
推進力


あわやのぶこ 異文化ジャーナリスト

 「『鉄道員(ぽっぽや)』っていう本はね、泣けるんだよ」と言ったのは、14歳の中学生だった。どんな筋なのかをきいたら、突然、昔読んだ芥川龍之介の短編「蜜柑」を思い出してしまった。ストーリーが似通ってしまっているわけではまったくない。が、子どもが登場する懐かしい温かい話として、同じような臭いを感じとったからだろう。久々に文庫の芥川短編集を買い「蜜柑」を読み返してみた。やっぱりなんともいえずいい作品だ。芥川龍之介ファンでなくともおそらく、「蜜柑」には馴染みのある人が多いのではないだろうか。万が一「蜜柑」を読んだことのない人がいたとしても、ここで解説するのはやめておこう。せっかく読むのにもったいないからだ。「蜜柑」は短編なので『蜘蛛の糸・杜子春』というタイトルの文庫に所収されている。

 それにしても、とかく日本では短編が軽んじられる傾向があるようだが、素晴らしい小説家の作品はやはり短編が素晴らしい! “短編が書ける人は長編も書けるが、長編が書けるからといって短編を書くことができるとは限らない”という法則は、まったく正しいと私は思う。

 さて、『鉄道員(ぽっぽや)』も短編集だが、さすがに芥川の本を読んだあとでは設定がちょっと凝りすぎていて、不満。ともすると、以前、話題になった『一杯のかけそば』になってしまうのだ。「泣けるんだよ」という中学生の言い方が理解できる。(考えてみれば、芥川VS直木賞作家、などと妙な比較をしてはいけないのであったが…。)

 ちなみに『鉄道員』は、北海道の廃線まぢかの駅の駅長の話である。彼のもとへ、死んだ娘が成長した姿で帰ってくるファンタジックな心の物語。定年退職する独り者の駅長。遠い昔に亡くした娘、雪、機関車、泣ける道具がすべて揃っている。『鉄道員』に所収されたほかの作品もしかり。裏ビデオ屋の雇われ店長が、見知らぬ外国人女性と書類上の偽装結婚をするが、相手の女性が死んでしまう。死後、手にしたのは彼女からの「ラブレター」だった…。

 現代人の泣きたい衝動に、浅田作品はくい込む。文壇で、『鉄道員』は“あざとい”という指摘があるそうだ。にもかかわらず「それを堂々と書く図々しさが彼の作品の内包するパンチ力」と評したのは直木賞選考委員・渡辺淳一。確かに堂々と思うままに書くことは重要。いや作家ならずも、この暗い御時世に自分の思うままを実行してみる推進力ありき! なんて、今回は書評だかなんだかわからなくなってしまった。

 短編に泣くのもいい。とにかく、暗い時代を生き抜こう!


蜜柑 鉄道員(ぽっぽや)

「蜜柑」
芥川龍之介 著 新潮文庫
(『蜘蛛の糸・杜子春』所収)
\286
(本体価格)

「鉄道員(ぽっぽや)」
浅田次郎 著 集英社 \1,500
(本体価格)

株式会社 ベネッセコーポレーション ベネッセ教育研究所発刊
月刊/進研ニュース[中学版] 第230号 1998年(平成10年)6月1日 掲載


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