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教育書

母親論の出発点として


永井聖二 群馬県立女子大学教授

 文部省の審議会なども含め、「家庭の教育力」への期待が高まっている。父親の参加の必要性を説く声もあるが、これまでにもまして母親のあり方を問う論議も多い。しかし、「良い母親とは?」という問いに答えるのは、実はさほど容易なことではない。

 柏木惠子氏の『親の発達心理学―今、よい親とはなにか』は、心理学の近年の研究成果をふまえて「3歳までは母の手で」という世間の常識が、いかに虚構のものであるかを説く。

 「子どもにとって母親との愛着だけが唯一、しかもそれが絶対であるかのように、一般にもまた心理学でも考えられてきました。しかし最近の研究は、決してそうではないことを明らかにしています」「問題や障害をもつ人が促されて語った回想に基づく過去の経験を資料に、幼児期の母親との関係を現在の問題や障害の原因として重視する臨床的立場からの説は、臨床的な事例ではそうであるかも知れませんが、一般の人々にも広く同様に考えるのは、単純な一般化、類推といってよいでしょう」というように、われわれがともすると陥りがちな見方を、次々と検討する。内容は高度だが、語り口は平易で読みやすい。

 もう1冊『「良い母親」という幻想』(シャーリ・L・サーラ著)は、原題が『母性の神話』であり、「良い母親」についての規範や観念が、時代によってどのように変わってきたのかを、「古代の女神からはじまり現代まで、父権制、子捨て子殺し、キリスト教の影響、乳母といった現象面とともに、心理学、歴史学、言語学など学問的側面からまとめたもの」(訳者)である。

 ここで示されるさまざまな事例やその解釈の当否は、率直に言って私には判断できないが、少なくとも私たちの常識を相対化する契機を与えてくれるといえよう。欧米の研究や育児書をそのまま日本に当てはめることに警鐘を鳴らす柏木氏の指摘とも通じるものがある。

 「良い母親」についての論議は、言うまでもなく必要である。今日、あまりにも極端な母親のケースが批判されていることも、事実であろう。しかし、家庭教育への期待が単なる母性信仰に帰結することは避けなければならない。普遍性をよそおうステレオ・タイプの押しつけに陥ることも警戒したい。社会的な視点からの母親論の出発点として、この2冊を紹介したい。


親の発達心理学 「良い母親」という幻想

『親の発達心理学―今、よい親とはなにか』
柏木惠子 著 岩波書店 \1,460
(本体価格)

『「良い母親」という幻想』
シャーリ・L・サーラ 著
安次嶺佳子 訳
草思社 \2,000
(本体価格)

株式会社 ベネッセコーポレーション ベネッセ教育研究所発刊
月刊/進研ニュース[中学版] 第234号 1998年(平成10年)10月1日 掲載


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