教育書アメリカ教育の軌跡永井聖二 群馬県立女子大学教授 |
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中教審は、「自治体や学校の権限を増大する」ことを重視した答申をまとめた。先の教課審の答申も含めて、「学校の創意工夫」「特色ある学校づくり」が大きな流れとなっている。 これからの学校や教師に創意と工夫が求められるのは、指摘するまでもない。しかし、率直にいって私は、この中教審の答申を読むと、「足らぬ足らぬは工夫が足らぬ」という戦時中のスローガンを思い出してしまう。 条件整備やモデルの提示など、必要な議論は山積している。功罪ともに特色ある学校が多くなるとして、親や子どもたちが小学校や中学校を選ぶことは認められないのだろうか。問題点の検討はこれからということなのかもしれないが、学校の創意工夫を呼びかけ、教師の努力に問題を収れんすれば事は解決するというほどに、今日の教育の状況は単純ではない。 多様な学校の光と影ということでは、気になるのはアメリカの教育改革の軌跡である。佐藤三郎氏の『アメリカ教育改革の動向』は、1983年の「危機に立つ国家」前後から直近に至るアメリカ教育改革の軌跡を示している。 オープン教育と公立学校の混乱、特定の学校、学級に特色を持たせて生徒を引きつけようとするマグネット・スクール、公費を使って私立学校に進学できるバウチャー制の動向など、程度の差こそあれ、わが国の多様化の行方にかかわりの深い事例が紹介されている。さらに、この間の世論調査や教師の意識の動向も示されて興味深い。 もう一冊、喜多村和之編による『アメリカの教育』は、留学希望者やアメリカで暮らす日本人向けの入門書である。これは、アメリカの教育の特徴や全体像を理解するための格好の書といえる。日米両国の第一線の研究者が分担して執筆した内容は、傾聴に値する。 例えば、三人のハイスクール生を紹介するかたちで展開される「中等教育の比較考察」などは、日本の教育関係者にもぜひ一読を勧めたい。1992年の初版なので、その後の推移も知りたいところである。 進学率の点でヨーロッパ諸国を超えたわが国にとって、アメリカの教育事情から学ぶことが多いのは理解できる。しかし、そのアメリカの教育の軌跡も、当然ながら平坦ではない。自由化、多様化の流れのなかで、ふたたびアメリカ教育がモデルとされるのは良いとしても、日本の学校と教育制度の伝統的な長所を残そうとする視点も、忘れてもらいたくない。 |
『アメリカ教育改革の動向――1983年「危機に立つ国家」から21世紀へ』 | ||
佐藤三郎 著 | 教育開発研究所 | \2,000 (本体価格) |
『アメリカの教育――「万人のための教育」の夢』 | ||
喜多村和之 編 | 弘文堂 | \2,136 (本体価格) |