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社会科学・一般書

新しい作家の登場


あわやのぶこ 異文化ジャーナリスト

 最初の数行でいきなり、「ハイウェイとゴミ溜め」に引きずり込まれる。読み手はぐいっと襟ぐりをつかまれるのだがこれが心地よく、ジュノ・ディアズの世界が目の前に広がっていく。

 不思議だ。新しい作家の登場とはこういうものだろう。吉本ばななの『キッチン』が出た時、これが文学かどうかという論議があったと聞いた。が、文学の定義の理論的正しさとは別に、多くの読み手には、訴える何かがあったかどうか、の問題であったのだ。そこに「来たるべき作家たち」のもつ重要な鍵が潜んでいる。

 『ハイウェイとゴミ溜め』は、作者の一連の自伝的短編を集めたもの。生まれ育ったドミニカの田舎での「やってらんねぇ」というほどの退屈な夏休みに考えついた奇妙な冒険。後に一家はアメリカに移民する。移民先はニューヨークのスラム。ストリート・キッドとして成長する作者とその仲間たち。愛あり友情あり、家族のゴタゴタあり…。生き生きと甘酸っぱく、立ちのぼる埃とむせるような匂いに彩られた数々の話。

 訳者の江口研一は、後書きにこう書く。

 「ボクがたぶん大事にしたいのは音と、匂いとスピードだ。スピードを出して走る車の窓から鼻面を突き出しているイヌのように…。ボクはそんな気分で訳していた。風の音を感じながら」

 なんとも翻訳者として羨ましくなるような旬の作品である。蛇足ながら、このシリーズの本の体裁も良い。読みやすい柔らかさのペーパーバック版で、一人で読書する楽しみも倍増するというもの。

 さて、ジュノ・ディアズを含めた新しい作家たちの紹介をしているムックが『来たるべき作家たち』である。多くは英米中心の英語で書く作家たちではあるが、オランダに中国系女流作家ルル・ワンを、ノルウェーにはエリック・フォスネス・ハンセン等を訪ねている。いずれもインタビューと小作品や小説の抜粋を掲載しており、仕事場のポートレートのカラー写真も豊富で、ページをめくるたびにドキドキしてこよなく楽しい。

 「来たるべき作家たち」とはいえ、カズオ・イシグロやジェイ・マキナニー等、文学好きでなくてもその名を知っている作家も含む。もちろん作家の年齢的な若さより、作品の新鮮さが身上。巻末には日本発のインタビューとして村上春樹、吉本ばななを配置している。また、大型店に支配される書店業界や出版社の買収問題に小説の将来を危惧する編集者の談話など、小説の現在のリアルな報告も興味深い。


ハイウェイとゴミ溜め 来たるべき作家たち

『ハイウェイとゴミ溜め』
ジュノ・ディアズ 著
江口研一 訳
新潮社 \1,800
(本体価格)

『来たるべき作家たち 海外作家の仕事場1998』
新潮クレスト・ブックス特別編集 新潮社 \1,524
(本体価格)

株式会社 ベネッセコーポレーション ベネッセ教育研究所発刊
月刊/進研ニュース[中学版] 第236号 1998年(平成10年)12月1日 掲載


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