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自然科学・一般書

固定観念の殻を破る良書


塩野米松 作家

 紙で家を造ると言ったら、たいていの人は笑うだろう。

 ところが実際に紙で造った教会があり、家がある。どれもおもちゃやミニチュアではなく、人が住み、大勢の人が集まってミサを開くことができる建物なのである。

 紙は軽く、燃やせば環境に害を与える化学物質とは違って無害、そのまま埋めても土に還ることができる。しかし、水にも火にも弱い。子どもの細い指先で折り紙が作れるほど柔らかな素材であるが、工夫次第では屋根や壁を支えることができる構造材に使えるのでは…、こう考えた人がいる。

 紙が本格的な建物の構造材として認められるためには、強度の実験を行って大丈夫であることを証明しなくてはならない。こうした段階を一つずつクリアーして、紙の家を建てていくのであるが、素材はトイレットペーパーの芯、紙の筒である。

 これを実際の家に使うためにどうするのか、そのために試練をどう乗り越えるのか。『紙の建築 行動する』の著者であり、設計家である坂茂さんは挑戦していく。

 さらに坂さんは、紙の家をルワンダ難民救済や阪神大震災の救援に使おうと試みる。

 紙は軽く、重機を使わずに人力で運べ、建てることができる。車が使えなくなった災害地にはもってこいの素材である。彼は、ボランティアを組織し、被災地で陣頭に立って避難者用住宅を建てていく。「弱い材料は弱いなりに」使えばよい。欠点も使いようによっては長所になるのである。これは、物も人も一緒である。

 同じく発想の意外さと、その実現のための工程をおもしろく紹介してくれているのが『植物と話がしたい』。

 著名な作曲家でもある神津さんは「植物もものを考える心を持ち、知恵があるのではないだろうか」と考えた。さまざまな形や色彩、季節ごとの変化を見れば、ぼくらでもそう思うことがある。

 その疑問を解決しようと、彼はさまざまな実験を行う。

 協力者は、彼の発想に同調した早稲田大学工学部の専門家たち。方法は、人間からの問いかけに、植物が出すかすかな電波を採集・解析し、それをコンピュータを通して音に変え、意思をくみ取ろうとするもの。科学者と音楽家のチームらしい実験が試みられる。その20年にわたる実験を、幅広い知識と体験を交えて語っていく。

 2人に共通しているのは、独自の発想とそれを具現化する行動力、そしてよき友と師を持っていることである。

 人は気づかぬうちに、固定観念の殻に閉じ込められている。この2冊はそのことに気づかせてくれる。


紙の建築 行動する 植物と話がしたい

『紙の建築 行動する――震災の神戸からルワンダ難民キャンプまで』
坂 茂 著 筑摩書房 \2,400
(本体価格)

『植物と話がしたい――自然と音の不思議な世界』
神津善行 著 講談社 \1,600
(本体価格)

株式会社 ベネッセコーポレーション ベネッセ教育研究所発刊
月刊/進研ニュース[中学版] 第238号 1999年(平成11年)2月1日 掲載


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