一般書そろそろスロー・ダウンしたいもの あわやのぶこ 異文化ジャーナリスト |
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もう7年前のこと。私はアメリカで男性学(女性学に対応して出現した男性側からの男性研究)の取材をしていた。ある作家が言った。 「僕たちの社会はとにかくスロー・ダウンしなければいけない。この過酷な競争社会で男たちはプレッシャーを受けひたすら働き、自らを失い、だめになってしまう」 そういう彼自身、競争の厳しいニューヨークを離れ、教授の職を辞めシングルに戻り、太陽の光もまぶしい海岸の町に移り住んだ。アウトドアを楽しみながら物書きとして暮らしているのだった。「人間らしさの回復」は、現代のアメリカのリベラルな男たちの流れである。 確かに、多くの男は頑張ってきた。世間や親、女性から、「うだつが上がらない奴」なんて言われないようにプレッシャーをかけ、頑張ってきた。だが、いったんそのレースに乗るとスロー・ダウン(ゆっくり行こうよ)は難しい。収入は減るし、女性にもモテなくなるかもしれない。妻子を養えない、社会的にも認知されないという恐怖…。だが日本では、早々にスロー・ダウンを自らのありのままの姿として宣言する男たちがいた。 「だめ連」とは、モテない、職がない、うだつが上がらない「だめ」な人たちの集まり。彼らによれば、それぞれが「孤立して“だめ”をこじらせないように、傷を舐めあうための交流の場を創ろう」と活動を開始したのが7年前。“ハク”や“うだつ”のプレッシャーから解放された暮らしを実践している。 こうしか生きられないんだよ、これでよいのだよ、けっこうおもしろいよ、というゆっくりとした呼びかけの調子が、この仕事王国ニッポン、会社王国ニッポンに、そしてリストラ時代の今に、妙に人を魅了し、注目を浴びている。 さて、『もてない男』は、男性学のなかの「マザコン」や「シャイな男」などの研究同様、従来ならおよそネガティブな陰の部分を公にしているのが興味深い。もっとも、著者の「もてない」つぶやきは、「だめ連」とは違い、職あり、うだつが上がっている男のそれではある。しかし、今までなら文学だけに許されたような自分の内面の混乱をアカデミズムの研究として書いてしまう著者は、新しいココロイキを持っているわけで、『だめ連宣言!』もそのだめさを社会に宣言してしまう強いココロザシがある。そこが素晴らしい。 私たちは何かにつけて「頑張って」と言うが、そろそろ「ゆっくりね」と声をかけるようになりたいもの。これは新しい男の流れのみならず、すべてに言えるのではと思う今日この頃である。 |
『だめ連 宣言!』 | ||
だめ連 編 | 作品社 | \1,500 (本体価格) |
『もてない男――恋愛論を超えて』 | ||
小谷野 敦 著 | ちくま新書 | \660 (本体価格) |