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産前産後におけるドゥーラの役割と効果
〜アメリカの事例と最新の研究をもとに〜
岸 利江子
(イリノイ大学シカゴ校看護学部母子看護学)
ドゥーラの定義 <スライド1
 ドゥーラ(doula)とは、本来はギリシャ語で「女性の奴隷」という意味で、他の女性を援助する、経験豊かな女性をいいます。1970年代にアメリカの人類学者Dr. Dana Raphaelがこの言葉を母乳育児の分野で紹介して以来、現在では妊娠期から産褥期、主に分娩時に、身体的、心理・社会的サポートを提供する新しい職業として北米を中心に発達しています<スライド2>。現在アメリカでは約5%の出産がドゥーラに付き添われているそうです。専門のトレーニングや認定を受けていることもありますが<スライド3>、ないこともあります。国家資格や免許、ドゥーラの活動を規定する法律は今のところありません。ドゥーラは医療スタッフではないので、血圧測定や診察などの処置はおこないません。ドゥーラのサービスに医療保険は適応されません。

【養成プログラムの例(DONA Internationalの場合)】参考<スライド4
1日目
導入、紹介、分娩の意義、ドゥーラの効果
妊娠期の心と体の変化
妊娠期の医療処置
妊娠期のドゥーラサポート
理想のお産とは(自分の価値観を探る)
バースプラン
分娩の開始
陣痛の兆候
分娩の進み方
分娩時のドゥーラサポート(ノンタッチ)
1日目の評価用紙記入
2日目
産科的処置と介入
医学的処置以外の方法
無痛分娩など
産科的処置時のドゥーラサポート
分娩遷延、難産
予期しない出来事への対処(帝王切開など)
特別な状況でのドゥーラサポート(死産など)
ドゥーラ認定プロセスについて
倫理指針、実践指針
ドゥーラのセルフケア
産褥期のケア(母親)
新生児のケア
母乳育児
2日目の評価用紙記入、ふりかえり、受講証明書

なぜドゥーラが必要? <スライド5><スライド6
 病院出産、自宅出産にかかわらず、産科医や助産師、産科看護師は、妊娠・分娩・産褥早期が健康で安全に進行するよう管理しています。通常、医療スタッフはとても忙しいので、モニタリング、点滴管理、診察などの医療処置を優先してしまいます。しかし、お産をより良い経験にするために、産婦さんにはさまざまなニーズがあります。たとえば、陣痛室でひとりぼっちにされたくないと思う産婦さんはたくさんいます。ずっと誰かに腰をさすっていてほしいかもしれません。悩みを聞いてほしいかもしれません。担当するスタッフがシフトで替わるたびに初めから関係づくりをしなればいけないことに不安をもっている産婦さんもいます。お医者さんやナースをわざわざ呼ぶほどではないけれど、ちょっとした疑問や質問があることもあります。分娩中の処置や赤ちゃんの世話などでどうしたらいいか一緒に考えてくれる人がほしいこともあります。お産の間、上のお子さんを見ていてくれる人がいないかもしれません。ご主人が立ち会ってくれるけれど、実際はご主人も内心どうしたらよいか不安で、誰かもう一人お産についてよく知っている人がそばにいてマッサージの仕方などを教えてくれたらいいのにと思われることもあるようです。ドゥーラはこのような産婦さんやその家族を助けてくれる人です。
 もちろんこのようなことは身近な人にしてもらうことも可能です。特に、夫や家族との関係が安定していて、出産に向けて十分に準備がされていて、必要なときにはずっとそばに付き添ってもらえる場合には、夫や身近な人たちがドゥーラになることが十分に可能です。忙しくない病棟であれば、助産師や看護師がずっと付き添ってドゥーラになることも可能です。そのため、ドゥーラとは職業を指すこともあれば、単に役割を指すこともあります。しかし、家族や夫がそばにいられなかったり、準備が十分にできなかったり、言葉の壁があったり、医療スタッフとの関係が親密でない場合などに、ドゥーラというもう一人の支援者が雇われます。夫や家族が付き添い、さらにドゥーラがいることもよくありますが、ドゥーラがいるからといって夫や家族の付き添いの意義が薄れることはありません。なぜなら、ドゥーラは夫や家族がより効果的に付き添えるようサポートするからです。

多様なドゥーラ <スライド7><スライド8><スライド9
 新しい職業としてのドゥーラは、アメリカを中心に組織を発達させながら広まってきました。アメリカは日本と比べてとても多様な社会です。そのため、ドゥーラに求められる役割にも幅があります。
 一般にミドルクラスと言われる、裕福で安定した家庭を持ち教育レベルも高い女性の層では、水中出産、家族に見守られた自宅出産、アロマテラピーやアーユルヴェーダなどさまざまな産痛緩和法を用いて陣痛を乗り切るなど、もっと自然でできるだけ快適なお産がいい、というニーズが増えています。このような場合ドゥーラは、すでに社会的サポートもある女性をプラスアルファとして支えるために働き、そのサービスに対して払われる費用も数百ドルから1200ドルくらいになるそうです。このタイプのドゥーラサポートは、インターネットで“doula”と検索するとサイトや写真がたくさん見つけられます。
 一方、貧困層で妊娠出産についての知識もなく安定した家庭もない女性の場合は、生命と健康を守ることが最低限で一番の目的になります。妊娠中から分娩、育児期にかけての生活状況によっては、早産や分娩時の大出血など妊婦や赤ちゃんの命が危なくなることも多くあります。安定した家庭環境がないために母親の精神状態や赤ちゃんの成長発達に影響が出ることもあります。このような状況では、ドゥーラは健康について教育し、母児を擁護する人として働きます。ドゥーラサポートへの費用は社会福祉によってまかなわれることもあります。このドゥーラサポートは、コミュニティベースドゥーラモデルとしてシカゴ・ドゥーラ・プロジェクトで開発され、現在全米7州18か所で使われています。去年の秋にドキュメンタリー映画が制作されました<スライド10>。この映画の少女たちの状況は日本とはかけ離れているかもしれませんが、研究論文では伝わらないものが映像で伝わるのではと思い、この夏に日本語版を作りました。タイトルの日本語訳はチャイルド・リサーチ・ネット所長の小林登先生が決めてくださいました。

ドゥーラサポートの効果 <スライド11><スライド12><スライド13><スライド14
 ドゥーラに付き添われたお産では、医学的処置(帝王切開、器械分娩、薬物使用など)の減少、分娩時間の短縮、産婦の満足度など心理面への効果、母乳育児率の上昇、母子のきずなが強くなるなど、広い範囲で効果が見られることがこれまでの研究から分かっています*1。他に、分娩時のみの付き添いであってもその効果はその後何か月にも及ぶこと、負の効果(副作用)はみられないことがポイントです。
 ドゥーラの効果を調べるために、科学的に最も説得力があるデザインといわれる無作為化臨床実験が数多くされています。さらにそれをまとめたメタアナリシスが3件あります*1。1つ目のZhangらによるメタアナリシスでは、社会的に不利な状況(初産婦、若年、都市部、貧困)の女性では特に著しいドゥーラサポートの効果がみられるということが分かりました(1996)。Scottらのメタアナリシスでは、分娩時の付き添いはいたりいなかったりではなく継続的でなければいけないということが明らかになりました(1999)。Hodnettらの最新で大規模なメタアナリシスでは、医療処置の減少の効果はZhangらやScottらの結果には及びませんでしたが、裕福な層の女性を多く含んだ場合でも、心理的な面でも有意な効果がみられるということが分かりました(2006)。
 *1 詳しくはCRNドゥーラ研究室内の連載記事をご参照ください。

日本へのドゥーラ導入を考える <スライド15
 海外で発達しつつあるドゥーラのシステムを日本でどのように取り入れるべきかという方法についてはまだ分かりませんが、日本でドゥーラのサポートが役に立つかもしれないと感じる理由はいくつかあります。

1)周産期医療の改善
地域で行われていた出産が医療の管理下で行われるようになって久しく、同時に、本当にこの帝王切開や分娩誘発は必要だったのだろうか、自分らしく、自然の摂理にかなったお産とは何だろうか、と疑問をもつ女性も増えています。母親は産婦人科、赤ちゃんは小児科、心を病んだら精神科、と細分化された医療のシステムでは人をトータルで看られないという弊害が生じて、全人的なケアの大切さが医学や看護の教育でも見直されてきました。ドゥーラはその人が本来もっている力を引き出すために、相手をまるごと理解し寄り添うことを重視します。ドゥーラのサポートによって自然出産が増えることが研究から分かっています。
また、産婦人科医や助産師の不足がさらに深刻化すれば、継続的に付き添うなどの心理社会的サポートはますます省かれていきます。周産期ケアの質を保ち向上させるためにも、ドゥーラのサポートが必要と考えられます。夫の分娩立会いや育児参加も当たり前となりつつあります。しかし、どうやって参加すればよいのかを教えてくれるサポートシステムはほとんどありません。ドゥーラは夫婦の結びつきを強めながら、女性だけでなくパートナーや家族にとってもお産がよい経験となるように支援します。医療費の増大も社会問題になっています。ドゥーラサポートの強化により自然出産が増えれば分娩にかかる費用も抑えられることが期待されます。

2)母子をとりまく社会
 さらに、現在の日本社会は人間関係が希薄化し、家庭や地域の結びつきが脆弱化していると言われます。妊娠・育児中の女性が孤独になりやすく、少子化、晩婚化、女性の就労、虐待の増加などのため、母親業に積極的でない女性が増えています。ドゥーラのサポートによって、女性であることや母親であることに喜びを感じる率が増えるという研究結果が出ています。日本では格差社会も進行していますが、社会的に恵まれない層の女性ではドゥーラサポートのニーズが特に高いことが研究から分かっているので、そのような社会支援がますます必要とされると思います。

最後に、ドゥーラ導入の際に大切にしたいことについて私が現在考えていることについて申し上げます。
 ■ドゥーラのサポートをすべての産婦が等しく当たり前に受けられるようにすること
 ■ドゥーラのサポートと産科医療は対立しないこと
 ■ドゥーラ(サポート)が医療専門職の助手や代用として医療の階級制度の下層に置かれるのではなく、医療職、妊産婦、夫や家族から尊敬され大事にされること
 ■応用の際には日本の社会的文化的背景を考慮し、良さを生かすこと


【参考文献】
Hodnett, E. D., Gates, S., Hofmeyr, G. J., & Sakala, C. (2006) Continuous Support for Women during Childbirth. The Cochrane Database of Systematic Reviews. 3.
Scott, K. D., Berkowitz, G., & Klaus, M. (1999). A comparison of intermittent and continuous support during labor: a meta-analysis. American Journal of Obstetrics & Gynecology, 180 (5), 1054-9.
Zhang, J., Bernasko, J.W., Leybovich, E., Fahs, M., & Hatch, M.C. (1996). Continuous labor support from labor attendant for primiparous women: a meta-analysis. Obstetrics & Gynecology, 88 (4 Pt 2), 739-44.
Child Research Net. ドゥーラ研究室.http://www.crn.or.jp/LABO/index.html
Behnke, E. F., & Hans, S. L. (2002). Becoming a doula. Zero to Three, November 2002, 9-13.
Meltzer, B. (2004). Paid labor: labor support doulas and the institutional control of birth. Dissertation in sociology, University of Pennsylvania.
Morton, C. H. (2002). Doula care: The (re-) emergence of woman-supported childbirth in the United States. Dissertation in sociology, University of California, Los Angeles.


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