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−対 談−
最新の脳科学は、子ども観をどう変えたのか
小林 登 × 澤口俊之

7  10歳までの子育てが子どもの未来を導く
――子どもの外界への適応力に関して質問があります。子どもの問題行動については自然にもっている力である程度のところで歯止めがかかるはずだと、70年代ぐらいまでは思われていました。だから、多少子どもに何かあってもそれは自然にまかせておけばいいという形で対応してきました。ところが、80年代の半ば以降から、暴力にしてもセックスの問題にしてもどうも歯止めがかからないところまで子どもはいってしまう。ゲームにしても部屋に閉じこもって十何時間もやり続けるような子どもが出てきてしまう。今の親たちからみれば、人間の脳はとんでもないことにまで適応してしまうようだと思っているような気がします。脳というのは、新たなものを次から次へと咀嚼する可塑性をもっていて、限りなく過剰適応していってしまうものなのですか。
澤口 確かに子どもの脳はかなりのことに適応はできるのですが、小林先生がご著書でお書きになっているように、子育てのベースさえしっかりしておけばいいだけの話なんですよ。
 誤解を恐れず言えば、私の考え方というか脳科学の考え方からすると、子どもに問題行動が起こるのは10歳ぐらいまでにきちんと育てておかないからなのですよ。10歳ぐらいまでにきちんと育てておけば、ちゃんと歯止めはかかるんです。しかも、プログラムがあるので、8歳のときによくなるためには7歳のとき、7歳のときによくなるためには6歳のとき、5歳、4歳、3歳、2歳、1歳、あるいはゼロ歳というふうに、場面場面でのきちんとした子育てなり教育なりをしておく必要がある。そうしておけば絶対大丈夫です。これはもう実証されています。
 私がアメリカに3、4年いたとき、いろいろな友達がいましたが、世の中にはウエル・エデュケイティッド・パーソンという人がいるんですよ。同年輩だったりするんですが、非常に紳士的でやさしいし、女性を重んじますし、前向きですし、頭もいいし、性格もいい。何でこんなにいいんだろうと思うと、大体そういう人たちはきちんとした教育を受けているのですね。親がよくて、しつけがきちんとしている。
 そういう友達の家に行くと、本人も非常にきちんとした子育てをするんです。しつけが行き届いていますし、何をしてはいけないかという自分の原理原則をもっている。では厳しく管理しているかというと、そうではなくて、放すときはぱっと放しているんですよ。そうでないときは、ビシッとやる。その辺のメリハリが非常にいいんですね。たぶんそういうふうに育った子どもは、高校に行こうが、大学に行こうが、大丈夫なんですよ。
 ちなみに、脳科学や心理学の観点からいうと、ジェネラルIQのGを伸ばすのがいいんですよ。私は個別のIQは別にどうでもいいと思っているのですが、一般的なIQのGにはこだわっています。general intelligenceのGを取って、そう呼んでいるのですが、これが前頭連合野の働きだということが最近わかったんです。Gを測るテストをすると、前頭連合野がさかんに活動するんです。  このGが高い人と低い人とでは問題行動の起こし方が全然違うんだそうです。Gが高いと社会的な問題を起こさないし、社会的に成功するとアメリカでは言われているんですね。つまり、いろんな能力──空間的な能力、数学の能力、国語の能力などのひとつひとつがよくてもダメで、本当に重要なのは前頭連合野なんですね。  もちろんGにも遺伝的要素はありますけど、環境要因によってどんどん変わっていきますし、前頭連合野をきちんと伸ばせばGも伸びるんです。そういう子どもは、思春期を迎えても、大人になっても問題的な行動は起こしませんし、自分で自分を制御できるんです。



8  生涯成長し続ける前頭連合野のニューロン
澤口 前頭連合野が発達した理由は2つあると思われます。1つは、進化的に見たときにもちろん自分の遺伝子を残すため。2つ目は、前頭連合野を働かせることによってその集団そのものをよくしていくためらしいのです。前頭連合野は自分のためだけに使うものではないんですね。自分の能力を伸ばして社会で活躍することに加えて、社会のために何かをするように進化したらしいんです。
 これはまだ定説ではないのでわからないのですが、そう考える根拠は、自分の子どもが20歳ぐらいの生殖年齢になっても伸びる能力がヒトにはあるからです。結晶性知性という能力で、社会的な問題解決能力なんですね。その能力は40歳以降でも伸びるんです。政治家や企業の経営者などが伸ばす能力ですが、これも前頭連合野の働きだということがわかっています。
 すべてが前頭連合野になってしまうのですが、そういう能力が我々にあるのは、ある程度の年齢になってから社会に貢献するために自分の能力を使うという性質が、遺伝的あるいは進化的にプログラムされているからだと思うんですね。つまり、まともに生きていくと、どうも社会のために何かをするようになっているらしいのです。それがまともに育った脳なんですよ。
 我々は子どものころから人類のことは考えませんよね。20歳ぐらいまでは抽象的にしか考えません。結婚すると自分の子どもを育てることで手いっぱいです。そして自分の子どもが生殖年齢に達したら、普通の生き物は寿命が来て死ぬんですよ。生きていると、自分の子どものための食べ物などいろいろなリソースを奪ってしまうことになりますから、子どもに迷惑をかけないために死ぬんです。
 その意味では、人間も大体、40歳か、50歳が本来の寿命なのに、ときには100歳まで生きる。それは、自分の子どもも含めた社会のために自分の能力を使って社会をよくするように我々がプログラミングされているということのようです。
 私はこれまで生物学的に見て、何で大人や老人は社会のためにつくすのかと、すごく不思議だったんです。それで、もともと人間には高齢になればなるほど伸びる能力があるのではないか、しかもそれは社会のために使う能力なのではないかと思い至ったのです。
 大人であっても、つまりある程度の年齢であっても増える脳の領域が、現在2つ確認されているんです。1つは海馬ですね。あとの1つが前頭連合野なんです。これは高齢のサルの前頭連合野で神経細胞が増えるということが確認されたんです。前頭連合野は結晶性知性という大人になってから伸びる能力を担っていますし、海馬というのは、いろいろな体験的な知識を蓄えるために必要な場所なので、年を重ねることで身につく能力としては話に合っているのです。



9  赤ちゃん研究所で学際的な研究を
小林 最後にCRNに対するご希望なりご意見があれば、お願いします。
澤口 親に対しての啓蒙ですね。親がどうもだめなのですよね。このような「子ども学」の情報を全国の母親、父親に伝えてほしいのですね。というのは、やはり母親、父親が原点ですから、そこからちゃんと意識改革をしないといけない。親がこわくて先生も萎縮しているようなので、そういう発信をしてほしいです。それから文部科学省にどんどん働きかけてほしい。やはり文部科学省がきちんとしていない限り、学校教育は変わりませんから。
小林 赤ちゃん研究所をつくれという話が、今出ていますね。そういうのが進まないから、子育ての問題にしろ教育の問題にしろ進んでいかないのだと。
澤口 それはいいアイデアですね。赤ちゃん研究所をつくって、心理学者や教育学者や脳科学者や、いろいろな人を集めて……。
小林 そう。あらゆるジャンルの人を集めてね。
澤口 これはもう21世紀、22世紀のためには絶対必要ではないですかね。今まで老人研究所はありましたよね。それで脳の老化とか、老化をとめる方法はわかってきている。それも人間の一つの夢ですからいいんですけど、赤ん坊のときから研究していくというのも絶対必要ですよ。しかも今、ある程度データもたまってきて、成果も上がってきていますので、今までみたいにただ単に研究しているというのではなくて、実践的なものにまでもっていってほしいですね。
小林 国の機関としてつくればいいという話が出ていますね。
澤口 それをつくって、全国の学校なり幼稚園にフィードバックをしていけば、現在の子ども問題はかなり是正されるのではないでしょうか。私は楽観しています。ぜひそういうふうにしてほしいです。
小林 ほんとは、政府のああいう教育問題の委員会の中に、脳科学者ぐらいちゃんと入っていないといけないんですよ。
澤口 私も脳科学者を入れてほしかったです。教育改革の答申の委員にぜひ加えていただかないと。あと進化生物学者を入れてほしかったんです。
小林 小児科の医者もね(笑)。
澤口 もちろんそうですね。お医者さんや教育者や、そういう実践にかかわる方が加わるのが大前提で、そこにもっと原理的な、ヒトや脳についての本質的な発言ができる人間も入れてほしかったと思うのです。実践現場の方々の間に脳科学者とか進化生物学者も入って、理論的なフィードバックをかけられれば理想的だと思います。
小林 今日は先生のお話をうかがって、脳科学の成果のものすごさがわかりました。膨大な量の研究成果が上がっていますけれども、それを具体的な子育てや教育に結びつけてご説明していただいて、大変勉強になりました。今後も私たちの活動をいろいろ応援していただきたいと思いますので、よろしくお願いいたします。
澤口 こちらこそ、今日は本当にどうもありがとうございました。

2001年1月23日 東京天王洲アイル・シェ松尾
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