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食育の重要性
榊原洋一(お茶の水女子大学子ども発達教育センター)

 朱先生からご紹介いただきました、お茶の水女子大学に勤めております榊原洋一と申します。今回は、朱教授、東北師範大学、そして私の恩師であります小林登先生にこのような機会を与えていただきましてありがとうございました。

 お茶の水女子大学は、日本で一番古い女子師範大学です。約130年の歴史があり、日本で一番古い幼稚園が併設されております。私は小林先生と同じく小児科医で、子どもの神経の病気を専門としておりますが、現在このお茶の水女子大学で現職保育士・幼稚園教師の現職教育を担当しております。今日は、皆さんに小児科医の立場から食育の重要性についてお話をしたいと思います。

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 日本では、2004年に食育基本法という法律が成立しました。その理由は、食育が知育、徳育などとともに子どもの健全な発育のために欠かせないことだからです。

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 食事によって引き起こされる病気にはさまざまなものがあることは皆さんもよく知っていると思います。肥満、高血圧、糖尿病、動脈硬化、痛風といった非常にたくさんの病気が食事に関係しております。

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 さて、現代の日本では、子どもの発達、教育にまつわるいろいろな問題がございます。一部は中国でも問題になっていると思います。身体の問題では、一番大きいのが肥満、アレルギー、性の疾患、それから体力低下がございます。精神の問題では、切れやすい子ども、我慢ができないという子どもという意味ですが、増加しています。学校に行かない子ども、不登校の子ども、ひきこもり、それから自閉症などの発達障害が顕在化しているということが言われております。

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 そして、このようないろいろな問題の原因として考えられていることですが、いろいろな候補が言われております。たとえば、少子化、あるいは学校の教育力低下、あるいはインターネットなど。そのなかで、食事、あるいは食事のリズムの乱れも子どもの問題の原因候補の一つとなっております。

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 食事は成長発達に欠かせない栄養源の補給として非常に重要ですが、食事にはそれ以外のいろいろな重要な役割があります。食事の場面で親子のコミュニケーションを通した社会性を獲得するなど、食事自体に文化的価値があります。食事は涵養の場であり、また一日の生活リズムをも作り出しています。

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 栄養として食事が重要というのはそのとおりです。成人には栄養摂取量として食事が必要ですね。子どもの場合にはそれに加えて体の成長、体の成分として食事が重要です。大人と子どもでは食事の意味が違います。

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 特に乳児期、乳幼児期には非常に重要な意味があります。この時期は成長、発達が著しいときです。子どもというのは、未成熟で生まれますが、完全に大人に依存している、しかしその中でいろいろ学習をしていく。特に胎児から新生児になるときには、大きな環境の変化を体験します。特にそのなかでも神経系の発達というのは著しいものがあります。たとえば、脳の重さでいうと生まれたばかりの新生児では400グラムですが、2年間で2倍以上、1000グラムにもなります。このように大きくなった分は、食べる栄養から補給されていきます。

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 少し専門的な話になりますが、脳はいろいろなステップを経て発達していきます。最初に神経細胞の分化がおこり、その神経細胞が脳の中を移動します。さらに、皆さんお聞きになったことがあると思いますが、ミエリンという神経細胞を覆う膜が形成されます。これによって、神経の伝達がスムーズになります。そして最後にシナプス形成ができまして、私たちの脳の中に回路ができます。

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 これは脳のいろいろな部位によるミエリンという物質ができる順番とその年代を示したものです。2歳、3歳でも脳の場所によってできてきますが、脳の大部分の場所でだいたい最初の1年間でミエリンができています。乳幼児期というのはきわめて栄養が重要である。というのも、こういうものが栄養からできるのも、食事によって摂取されてできるからです。

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 実は、これを作っているのは、コレステロール、脂肪酸、リン脂質です。これらはすべて食事の中から取り入れられます。ですから、この時期の食事というのは大人以上に重要だということがわかると思います。

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 さらに人の脳では、シナプス(触突)というものが作られます。シナプスは、私たちが学習したり、記憶したりする仕組みの根本です。これは脳の中でできるシナプスの数を調べたものです。これを見ますと、一番数が多いのは実は12ヶ月、ちょうど1歳前後に一番多くて、それから後はその中で必要なシナプスだけが残るということがおこって、いずれにしても乳幼児期というのはこういうことが非常に早く起こるということがここからもわかります。

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 さて、子どもたちは、一日をリズムにしたがって生きているわけですが、その生活リズムは、睡眠と3度の食事という大きな因子によって形成されています。食事の時間は一日の生活リズムを作るうえで非常に重要なのです。そして特に最近はメディア、テレビなどのメディアを視聴する時間が非常に子どもでも多くなっておりまして、因子の一つとなっております。最近の日本の研究では、乳幼児でも一日に2時間から3時間テレビまたはビデオを見ているという調査報告がでております。この3つが非常に大きな要素、あるいは因子になっているということです。

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 私たちの人間のリズムの一番基本になっているのがサーカディアンリズムです。これは体の中の体内時計によって作られる生物学的なリズムの他に、さらに明るい・暗い、いわゆる昼と夜の日光のリズムによって調節されています。その調節をしているのが、実は脳の中にある松果体というところから分泌されるメラトニンというホルモンであることがわかっています。そしてその体内時計が私たちの基本的な生活リズム、生物学的リズムの一番の根本であるということが最近わかってきました。

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 ところが、最近の子どもたち、これは日本でもあるいは中国でも同じだと思いますが、その睡眠のリズムと量が大きく変わってきています。一つは、睡眠が減少していますし、あるいは夜遅くまで起きている、朝なかなか起きない、そしてそのために生物学的な体内時計と実際の生活のリズムとの間にずれが生じています。これは、もちろん、一つに私たちの生活が24時間いつでも、夜でもみんなが起きているようなライフスタイルになってきていることが原因としてあげられるでしょう。夜も特に大都市では明るくなって寝ないでいます。

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 生活リズムを作る因子であります食事についても最近の子どもたちは変わってきています。一つは、いつでも食事ができるようになりました。昔は、一日3回家族で一緒にご飯を食べるしかありませんでしたが、今はどこでも食べられるものが買えるということでいつでも食事ができます。その結果、家族で一緒に食べるのではなく、「孤食化」と私たち言っていますが、一人で食事をすることが多くなった、その現象として家族で一緒に食べることが減ってきた、それから食べる食事の内容ですが、ジャンクフードといって、お好きな方がいたら申し訳ありませんが、マクドナルドのハンバーガーとかですね、ケンタッキーのフライドチキンといったそういった高熱量・高脂肪の食事が子どもたちに好かれて、たくさん食べられるようになってきているわけです。その結果としてやはり肥満が増えているということがあります。

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 そして三番目の因子として、テレビ、あるいはビデオのようなメディアとの子どもの接触時間が増えています。たとえば、日本では、乳幼児でも一日2、3時間テレビあるいはビデオを見ています。それから、非常に長い時間、特に小さい子どもが非常に長い時間ゲームなどで時間を費やしています。そして、もちろん年齢が大きくなれば、中国でもそうだと思いますが、インターネットが非常に普及しています。こうしたメディアと接触する時間が、乳幼児期の非常に小さいときから増えてきている。そのために、さきほど言いましたように、一日のリズムを作るものとして、睡眠と食事、もう一つ皆やっていることとしてテレビ・ビデオあるいはゲームが加わりました。日本でも非常に心配されているわけです。

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 最近のアメリカでの研究ですが、テレビをたくさん見ることと子どもの多動行動、発達障害が関係あるかもしれないというような研究発表が出るようになっています。

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 これはアメリカのクリタキスという研究者の論文です。乳幼児期にメディアに触れる時間が長くなると、子どもが多動になるという関係があるかもしれないという論文が出ています。多動というのは、ADHDという名前で呼ばれていますが、もしかすると早い時期にテレビを見ることでADHDが多くなるかもしれない。実は、この論文についてはいろいろ議論がありますが、多くの研究者がメディアが子どもに悪い影響を与えるのではと心配している一つの例です。

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 さらにクリタキスは研究を進めまして、いろいろなことがわかりました。3歳以下の子どもでテレビを見ている時間が長い子どもたちは、睡眠のリズムが乱れているということが2005年の研究でわかりました。そして、クリタキスが示したのはテレビを見ている時間と昼寝あるいは寝る時間と相関関係がある、テレビと就寝の間に相関関係がある。さらに、不規則な食事の時間と睡眠の乱れの間にも関係がある。これは、みんな睡眠、あるいは食事、テレビ、さきほど言いました子どもにとってリズムを作り出す因子の間に関係があるということです。

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 これをどのように考えるかということです。テレビを見る子どもは、睡眠リズムが乱れる。これがテレビですね、これが睡眠ですが、その間に相関関係があるということが出ました。もう一つ、睡眠と食事の間にも関係がある。では、これをどのように考えるかということですが、実はクリタキスはタイムセッティングのできない親、これは親が家の中で時間をきっちりと決めるということができないと、その養育の一つの結果としてテレビを見る時間が長くなり、睡眠の時間も乱れ、食事のリズムも乱れる。この三つの、現代の子どもの生活の一番基になっている因子、それぞれ全部に関係がある。つまり、テレビが悪いのでない、睡眠が悪いのでない、食事の一つが悪いのではない、全部関係している、全部家庭の親の養育の姿勢がこういうことを起こしているのではないかとクリタキスは言っております。

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 これは私たちが最近日本の厚生労働省の科学研究費で行った研究です。食育と注意欠陥多動性症状と、その間に関係があるかということを調べた研究です。この研究では2,600人の日本の幼稚園の子どもとそこの先生にアンケート調査をしました。その結果を簡単にお話します。

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 これは、一つの結論ですが、肥満と注意欠陥多動の関係をみますと、縦軸が注意欠陥多動性のスコアです。上のほうが、注意欠陥多動性が強いということです。ここの肥満の程度ですが、30%以上、20%以上です。肥満が強いほど、注意欠陥多動性が強いです。だんだん、肥満が少ないと、注意欠陥多動性も少ないというような関係が明らかになり、この肥満と注意欠陥多動という行動の間に何らかの関係がある、肥満が注意欠陥多動に何らかの影響を与えるかもしれないという結果が出ました。

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 これは生活のリズムと注意欠陥多動スコアとの関係についてみたものです。生活リズムの混乱がいつもある子どもの場合には、注意欠陥多動も高い。ない場合には、低いというように、この二つの間に何らかの相関関係があるということが考えられます。因果関係と言ってどちらが原因であるということを言っているわけではなく、生活リズムが注意欠陥多動と何らかの関係があるということがデータの上でも明らかになりました。

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 つまり、食事内容あるいは食事のリズムとの間にもちろん肥満との関係はございますし、食事内容あるいは食事リズムと行動の問題の間に関係がありますが、もちろんこれはどれが一番最初の原因かということではないのですが、実はこのような生活のリズムのようなことが肥満にも関係する。食事の内容が多動にも関係するといった、栗崎さんが言ったような生活のリズムを形作る三つの因子の間に大きな関係があるということが、こういうことから示唆されると思います。

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 食育は、成長・発達を維持する、あるいは疾患を予防するという意味できわめて重要です。しかし、それだけではなくて、たとえば生活のリズムを作る意味でも、食事のリズムということがきわめて重要になります。そしてまた、食育は食事の場面で親子、兄弟でコミュニケーション、会話をしたり、あるいは食事を作るのを手伝うというようなことで家庭内での人間関係を涵養するという意味があります。そしてもちろん、食育にはそれぞれの文化の食事ということがあります。中国にはおいしい中華料理がありますが、こういう形で同じような文化的な帰属感・同一感を醸成するうえでも食育は重要なわけです。ですから、食育というのは、どちらかというと、体の健康維持、成長、疾病・病気との関係で言われてくることが多かったのですが、その他の生活リズム、あるいは社会性を育てる、あるいは文化的な同一感を作り上げる意味で重要だと思います。そして最後に申し上げますが、乳幼児期、年齢が小さいときは、こういう食育の基本的な習慣ができあがるときですので、特にそのことが重要だということが言えると思います。

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