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II 親が保育を選択する

子どもに保育を受けさせることは、育児の一形態ととらえることができます。なぜならば、親が保育を選択するからです。

親に限りない選択肢が与えられているわけではありませんが、子どもが何歳になったら保育を受けさせるのか、何時間受けさせるかを決めるのは両親です。

図1のNICHD研究結果によりますと、6ヶ月児のおよそ50%が週30時間以上の保育を受けており、60%以上の子供たちが週10時間以上の保育を受けています。この比率は、月齢を重ねるにつれて上昇します。生後12ヶ月までに、子どもの80%が何らかの形で、母親以外による保育を受けています。図2は、さまざまな保育形態があることを示しています。父親や祖父母による育児、親類以外による在宅保育、家庭保育、保育園での保育などがあります。両親は、さまざまな質の保育形態の中から選択を行います。質の高い保育を利用できる可能性は限られています。米国の保育の質については、NICHDが母親の学歴、保育の種類などによって等級別に分類した保育の質の観察パラメーターを、1998年全国家庭教育調査の対象となった米国の家族分布に適用し、測定を行いました。

図3でおわかりいただけますように、非常に高い質の保育を受けている子どもたちの比率は、保育全体のわずか9%です。やや質の高い保育を受けているのは30%、そして、あまり質の高くない保育を受けているのが8%となっています。

子どもの保育を選ぶのは親ですから、家庭の人口的、心理的な特徴が子どもの受ける保育の特徴を予見するといってもよいでしょう。日本社会において保育の予知因子となる家族的特徴は、米国とは異なるかもしれません。ここでは、米国の研究からわかった家族の特徴をお話します。

表1の左側に、保育開始年齢、保育時間、保育の種類、保育の質に対する、4グループの予知因子を示しています。予知因子とは、ここでは家族の特徴、経済的因子、社会心理的因子、そして最後に、母親の考え方と行動をさします。生後15ヶ月の保育を分析したところ、保育開始年齢、保育の量、母親以外による保育の種類や質などに最も深く関連しているのは、経済的因子でした。母親の人間性や母親の子育てをしながら就業することに関する考え方も、家族が母親以外の保育を選択する予知因子でした。生後3ヶ月から5ヶ月で母親以外による保育を受け始めた子どもの母親は、外交性、協調性において、もっとも高い得点を得ていました。また、他の子どもより早い時期に、母親以外による保育を受け始めた子どもの母親は、母親の就業が子どもによりよい利益をもたらすと信じていました。母親以外による保育は、家族における子どもの数が少数、母親の低学歴、母親が高所得、家族の低所得、長い就業時間、また母親の就業が利点をもたらすと考えている場合に対して、より強い相関関係がみられました。保育の種類は、家族の大きさ、母親の学歴、家族構成、経済状態、また、母親の就業にともなうリスクについての信念に関連していました。

それでは、保育の質に関する家族の特徴の予知因子についてお話します。スライドの分析は全体の分析を示すもので、保育の質については、保育形態別に分析が必要でした。ですから、私が申し上げることとご覧になっている表1は完全に合致するものではないかもしれません。保育の質を予見する要素は、保育形態により異なっていました。在宅保育や家庭保育では、家族の所得と保育の質は正の相関関係にあります。また、保育園の保育は、低所得層、高所得層家庭の子どもはともに、中所得層家庭の子どもに比べ、より高い質の保育を受けていました。ですから、これまでの研究と同様、家族の特徴が保育の選択に関連していることが分かりました。

これから私が申し上げることは、皆様にも身近な話題だと思います。米国では、人々が保育事情についてかなり心配するようになっています。家族との交流に基づく子どもの健やかな発達を保育が阻害しているのではないかということが、アメリカの人々の関心事となっています。より具体的には、母親や父親は、次のような問いへの回答を求めているのです。

1. 乳幼児保育は、母親に対する安定した愛着もしくは母子間の相互作用に有害な影響をもたらすか?
2. 子どもの認知発達、社会的発達、社会的能力並びに社会協調性について、保育が直接・間接的にもたらす影響は?
3. 子どもに保育を受けさせる家庭は、子どもの発達に及ぼす影響力がより少ないのか?

上記の各質問について、NICHD乳幼児保育研究の結果からお答えしてまいります。

こちらの資料1ですが、家族の所得並びに母親の就業が子どもの発達によい影響を与えるという母親の信念を考慮した上で、母性の予知因子を方程式にあてはめた分析結果を示しています。子どもが月齢15ヶ月のときにおこなったストレンジ・シチュエーションテスト(見知らぬ人と出合った反応をみて母親の愛着を評価する方法)で、母親の愛着安定性が測定されています。母親の心理的適応性が愛着の安定性を予見していることがわかります。母親の心理的適応性が高いほど、子どもの母親への愛着安定性が高くなります。母親の子どもへの心理的適応性は、母親の不安感、落ち込み、社会性、楽しむ心、楽天性、協調性、信頼感、有用性、寛大性を総合して測定されました。母親のセンシティビティもまた、愛着の安定性を予見していますが、これは測定の尺度によります。コールドウェル及びブラッドレーのH.O.M.E.(面接と観察を組み合わせて構築した、半体系的方法で、家庭で行われるテスト)を用いてセンシティビティを測定した場合、母親の乳幼児に対するセンシティビティや反応が強いほど、愛着が安定する可能性が高くなることがわかりました。しかし、母親と子どもの遊びを通じて測定したセンシティビティについては、愛着の安定性に対する有意な影響は見られませんでした。

保育の可変因子の影響に関する家族的要因の影響をお話したいと思いますので、愛着に対する保育の影響を見てみましょう。資料2から、保育の質の2つの尺度として、積極性のある保育を受ける頻度と、積極性の強さ別にみた保育、そして、一週間の保育時間、保育開始年齢、何種類の保育環境で保育を受けたかは愛着の安定性に有意な影響を与えていませんでした。この分析では、家族の特徴、母親の態度、親による育児を考慮しています。

次に、保育が子どもの母親に対する愛着を予見する家族環境があるのか見てみます。表2によりますと、母親のセンシティビティが低い場合、週10時間以上の質の低い保育、また生後15ヶ月以内に2回以上も保育形態を変えるといったことが、愛着不安定性の確率を高めていました。たとえば、母親のセンシティビティと、保育の質の双方で、点数の低かった子どもたちのうち、安定性の高い子どもの割合は、0.44(44%)から0.51(51%)でした。その他の子どもたちについて、愛着の安定性を示した子どもの平均値は0.62でした。

乳幼児保育研究の結果についてお話する前に、母親のセンシティビティや保育の質を測る際に何を基準にしていたのか、もう少しご説明させていただきます。まず、資料3をご覧ください。資料3及び資料4では、母親のセンシティビティ(センシティビティ;子どもの心を読み取る力)を測る、10の指標をあげました。センシティビティの高い母親は、子どもの情動を認めます。また、子どもの話や活動に敏感です。子どもの興味を反映する活動をタイミングよく促します。子どものニーズに合わせ、ペースを変えます。子どもの関心を読み取り、それにしたがい行動します。子どもと喜びというような積極的な情動を共有します。適切な刺激を与え、適度な強さの幅と種類の活動を提供します。子どもが理解できる、また子どものためになるしつけをします。子どもの従順さや自主性に柔軟に対処します。

保育形態については、保育者の研究対象の子どもに対するセンシティビティデータを収集しました。すなわち、子どもに焦点をあて、保育者が教室全体でどのように行動するかではなく、対象の子どもに対してどのように行動するかをみました。データは、1セッション44分の授業、2セッションから収集しました。2つの授業は、データ収集にあたり、一週間程度の間隔をあけました。生後6ヶ月、15ヶ月、24ヶ月、36ヶ月の子どもたちのデータをとりました。各セッションでは、毎分ごとの保育者の活動を観察し、子どもとの相互作用の評価も含めました。

続きまして、資料5及び資料6をご覧ください。資料5には、毎分ごとに測定する行動頻度の尺度を示しており、資料6は評価です。非常に似通った行動ですが、同一のデータ収集者による情報の収集方法が異なっています。

すでに、愛着性の結果についてはお話しました。次に、母子間の相互作用について述べたいと思います。以前、研究結果を報道関係者にお話していて気づいたのですが、世間一般には、愛着(attachment)と母子間の相互作用(mother-child interaction)の区別がされていないようです。これらは、別々に測定する2つの異なる概念です。愛着というのは、子どもが母親に対して抱く安心感や信頼、といったものです。一方、母子間の相互作用は、母と子が一緒にいて何かを共有するときの、母親が子どもの心を読み取ったり、また子どもに反応すること、また、子どもの母親への思い入れといったものです。

私たちは、生後6ヶ月、15ヶ月、24ヶ月、36ヶ月の子どもたちについて、半体系的な母子の遊びを観察したものをビデオテープに15分間収録し、母子間の相互作用の質を評価しました。表3は、母子間の相互作用において、母親のセンシティビティと子どもと積極的に関わる度合の予知因子を示しています。ご覧いただけますように、家計所得、母親の学歴、夫婦・パートナー関係はいずれも、母子間の遊びにおける母親のセンシティビティに対し、統計学的に有意な予知因子となっていました。これらの変数において母親の評価が高いほど、子どもとの相互作用において、子どもに対するセンシティビティが高くなっていました。また、母親の気分的落ち込みや子どもから離れることに対する不安感が強いほど、子どもと遊んでいるときのセンシティビティは低くなっていました。子どもの母親との積極的な関わり度合いについては、母親のセンシティビティを予見する因子のほとんどが関連していました。家計所得、母親の学歴、母親の気分的落ち込み、子どもと離れることの不安感が、子どもとの積極的関わり度合いを予見しています。

愛着のケースと同様に、保育の変数に関する予知因子を見てみましょう。保育の質は、母子間の相互作用における母親のセンシティビティと正の相関関係がありました。しかし、保育時間が長くなるほど、母親のセンシティビティは低下し、子どもとの関わりが少なくなります。ここで注目したいのは、この保育時間と母親のセンシティビティの関連は、生後6ヶ月、15ヶ月、24ヶ月、36ヶ月、いずれの時点においても明らかだったということです。また、影響の程度は軽微もしくは中程度ですが、母親の学歴ほど影響は大きくないものの、母親の気分的落ち込みや子どもの気性といった親子の相互作用についてよく研究されている決定因子と同程度のものであったということです。すなわち、3分の1程度の影響がみられました。

これまで、家族の特徴が、生後15ヶ月時の子どもの愛着、また、生後3年間の母子間の相互作用に関連していることを見てまいりました。これら家族の影響は保育の影響よりも大きかったわけです。

それでは、親たちが抱く2番目の疑問点についてです。子どもの認知発達、社会的能力並びに社会協調性について、保育が直接・間接的にもたらす影響は何でしょうか? 私たちは、生後3年間に受ける保育の経験と、子どもの認知的並びに言語的発達、就学レディネス、問題行動、従順さ、友達関係の関連について分析を行いました。表4は認知発達の結果を示しています。家族に関する予知因子は、母親のPPVT、所得、家庭の質、並びに母親からの刺激です。保育の質に関する変数は、保育の回数、保育園に預けている回数、家庭保育の回数、全般的な保育の質及び言語的刺激となっています。生後24ヶ月及び36ヶ月時における発達結果は、認知及び言語的領域に認められました。

結果をお話する前に、すべての研究結果をまとめてみたいと思います。表5は社会的分析です。家族に関する予知因子は、所得、母親の心理的適応性、マザーリングです。保育の予知因子は、保育の量、開始年齢、質、安定性、グループケアです。結果は、保育時の非従順性、保育者の報告による問題行動について関連が見られました。子どもの社会的適応性、問題行動についての母親からの報告は表5に示されていませんが、分析結果には含まれています。分析でわかったのは、認知的及び社会的発達のいずれについても、家族の可変変数が一貫して子どもの発達結果の予知因子となっていたということです。一般に、保育の予知因子と発達結果はそれほど合致していませんでした。また、統計上有意な保育の影響があったとしても、それらは家族の影響よりは度合いが小さい、つまり、保育に関する変数よりも、家族に関する変数が、個人の発達結果をよりよく説明していたということです。

これまでお話してきましたことは、家族の特徴及び親による育児と、保育を受けている子どもの発達の関係です。それでは、親たちの3番目の問いかけに進みます。3番目の問題は、家族の可変因子と子どもの発達関係の関連度合いは、母親が全面的に子育てをしている場合と、長時間保育を受けている子どもの場合とでは、同じなのか違うのか、ということです。この問いかけに対し、2つの子どもたちのグループを比較しました。母親が全面的に世話をしている子どもと、長時間保育を受けている子どものグループです。母親が世話をしている子どもグループの保育時間は、平均週10時間未満です。一方、長時間保育は、週30時間を超えるの親以外による保育となっています。24ヶ月児については、184名が親以外の保育を受けており、母親による全面的育児が164名でした。36ヶ月児で、親以外による長時間保育を受けている者が147名、母親による全面的育児は127名でした。家族の特徴については、人口統計、心理的、人間関係の3つをとりあげました。資料7に、検討した家族の可変因子が示されています。具体的には、婚姻関係、所得/生活費、これは家族の経済的裕福度を示します。また、母親の性格、気分的落ち込み、仕事の利点、つまり、母親が仕事をすることに利点を見出す考え方をさします。それから、権威的でない態度、遊びにおけるセンシティビティ、家族への積極的関与、愛着です。

子どもの発達度合いについては、生後24ヶ月、36ヶ月時に評価を行い、認知的及び社会的発達の領域を検討しました。資料8に生後24ヶ月及び36ヶ月時における特徴を示しました。生後24ヶ月時の特徴では、精神的発達、社会的能力、問題行動。36ヶ月では、就学レディネス、言語表現、聞き取りのための語彙、社会的能力、問題行動です。

生後24ヶ月及び36ヶ月時のデータ収集をもとに、双方のグループについて、家族の予知因子と子どもの発達結果の相関関係をマトリックスで比較しました。すなわち、24ヶ月及び36ヶ月時のデータに基づいた、予知因子と発達結果の2組の相関関係が十分異なっているかどうかを調べ、その相違が偶然によるものではないことを結論づけようとした。その結果、24ヶ月、36ヶ月いずれの月齢時においても、予知因子と発達結果のマトリックスには十分な相違が見られなかった。


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