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シンポジウムによせる想い
〜パネラーより〜


チャイルド・リサーチ・ネット(CRN) 所長
小林 登


 わが国の子育てのあり方は、急速に変貌しつゝあり、今や専業主婦による母親の育児が社会化され、保育士が保育園で行う保育が中心になりつゝあります。それは、父親、母親そして専門家からなる人間システムとして子育てする時代になった事を意味しています。 乳幼児における子育ての中で、母親とわが子との相互作用が、子どもの心の発達の基盤を作るのに重要であるという考えは、人間システムとしての子育ての中ではどう理解すれば良いのでしょうか。

 脳の可塑性と関連すると考えられるニューロン(神経細胞)を結びつけるシナップス(接合)の形成や神経線維のミエリネション(有髄化)の進展、さらには最近言われている「心の理論」などの脳科学の進歩からみれば、乳幼児期における子どもの生活体験の意義を否定出来ません。

 したがって、新しい子育ての人間システムを上手く機能させて、子どもの心と体を健康に育てるにはどうしたら良いか、それを明らかにする必要があります。アメリカNICHD(国立小児保健・人間発達研究所)は、国を挙げて10年程前から科学的に研究し、子育てが、どのように子どもの心の発達に影響するかを明らかにしつゝあります。

 幸い、NICHDでこのプロジェクト"Early Child Care"の中心的な役割を果たしているFriedman博士をお招きしてシンポジウムを開くことになりました。

 1900年、スウェーデンの女性思想家Ellen Keyは『児童の世紀』を出版し、20世紀を子どもの世紀にすべきと論じました。しかし、前半には2つの世界大戦、女性ばかりでなく多くの子ども達もその犠牲になり、後半は先進国、発展途上国の子ども達の生活にそれぞれ異なった問題がおこり、20世紀は子どもの世紀になり得なかったのです。したがって、21世紀こそ、真の子どもの世紀にしなければならないと思います。

 私達の周辺をみますと、子どもの虐待から始まって子どもの問題行動など、子育てのあり方と直接的、間接的に関係すると考えられている問題がつぎつぎに出てきています。

  わが国において、21世紀こそ子どもの世紀にするためには、まず子育てのあり方を考えなければなりません。この機会にアメリカNICHDの研究成果を学び、この問題に関心を持つ皆さんと共に話し合い、子育ての本質、特に子育て人間システムの中で、父親、母親さらに保育士などの専門家夫々の役割を考え、より良い子育てのあり方を確立しようではありませんか。

小林 登

サラ・フリードマン NICHD研究員
サラ・フリードマン


Profile:
 コーネル大学にて教育心理学修士号を、ジョージワシントン大学にて発達心理学・実験心理学博士号を取得。1989年以来、NICHDの主任研究員として、また、誕生後から小学5年生までの子どもたちを一貫して身体的、言語的、認知発達的、情緒的、社会的発達の観点から調査する共同研究(NICHD乳幼児保育研究)の主要な研究者の一人として活躍している。

 このたび、NICHD乳幼児保育研究の結果について、日本のみなさまにご披露できることをとても光栄に思います。この調査はアメリカ合衆国で実施したため、調査結果はアメリカにおける保育の現状を示すものです。しかし、アメリカ以外の国々の親御さんや保育関係者の方々にもお役に立つことを願っています。

 いまアメリカと日本で共通していると思うことは、保育において中心的役割を果たすべきだとされている母親の多くが幼い子どもを持ちながら貴重な労働力として社会と関わっているということです。働く母親のもとで育つ子どもたちは、将来何らかの社会性の欠落した人間になるのではないかという懸念があり、これまでの保育に関する科学的な論文ではこのような危惧を否定するもの/肯定するもの、どちらの見解も存在していました。そこで、NICHDがこのような大掛かりな調査をすることになりました。調査のご報告とともに、参加者のみなさまと日本における子育てについて議論できることを楽しみにしております。

 アメリカの保育について考えるとき重要なのは、サービスの利用のしやすさ、価格、そして保育の質の3つです。パネルディスカッションでは、アメリカでの現状についてお話しながら、日本での重要課題に焦点をあてていきたいと思います。とくに、保育の質についてのみなさまのお考えにとても興味があります。みなさまが保育の質、子育ての質についてお持ちのお考えは、ある社会通念を反映したものでもあるので、これによって日米における保育の質という概念について、共通点と相違点を明らかにすることができるのではないかと期待しています。また、社会におけるそれぞれが果たす役割についても話し合いたい。

郡山女子大学短期大学部保育科講師
高木友子


Profile:
 専門は発達心理学。幼児期から青年期まで道徳性を中心とした社会性の発達に関心を持つ。チャイルド・リサーチ・ネット子育てクリニック相談員。

 働くお母さんはいつも何か後ろめたく感じています。自分が働くことで何か子どもたちに問題が出ないかしら?そんなお母さんたちの子育ての現状と不安とを参加者のみなさんからのアンケートと「幼児の生活アンケート調査」をもとに参加者のみなさんと共有したいと思います。そして、お母さんたちが安心して働ける、子どもたちが楽しく過ごせる家庭のあり方と社会でのサポートについて考えていきましょう。

高木 友子

内田 伸子 お茶の水女子大学大学院人間文化研究科教授
内田 伸子


Profile:
 お茶の水女子大学大学院人文科学研究科修了・学術博士。専門は発達心理学・認知心理学。言語発達、認知発達の領域で実験研究を行い、子どもの発達という点で、保育や授業の観察を行い、広い文脈での子どもの育ちを探っている。主な著書に『どうしました?−知育の相談100』(講談社)、『発達心理学−ことばの学びと教育』(岩波書店)、『子ども時代を豊かに−新しい保育心理学』(学文社)などがある。

 子どもは養育者(母親や保育士)との心の絆(愛着)を形成しこれを基盤にして人間化への道を歩んでいく。

 第一に、母性的養育の剥奪に伴い、栄養、言語的・文化的・社会的刺激が剥奪され、母親との愛着が形成されず、極度の発達遅滞を引き起こした2人の姉と弟の事例を取りあげ、愛着形成が子どもの健常な発達の前提条件となること、さらに、担当保母との間に愛着を形成できたか否かが彼らの遅滞からの回復を可能にさせたことより、愛着は発達の機能的準備系であることを例証する。第二に、人手の多い施設と少ない施設での子どもの発達経過を短期縦断的に追跡したケースに基づき、愛着形成にとって母性的養育の物理的時間の長さではなく質(中身=社会的やり取りの保証)こそが重要であることを示したい。

 21世紀の子育てにおいても、子どもの視点に立った養育者との緊密な社会的やり取りが生じるような保育環境を築くこと、それを支えるための社会の保育機能の復元が急務であることを提案したい。

福岡市医師会乳幼児保健委員会委員長
松本 寿通


Profile:
 福岡市医師会乳幼児保健委員会委員長、日本保育園保健協議会学術担当理事。小児科医。専門は小児医療、小児保健。発表論文に「乳児保育」(『日本医師会雑誌』116:585,1996)、「小児の保健・育児に関する情報の収集とその利用 2.個別検診の情報収集とその利用」(共著 『小児内科』31:3,1999)、「地域の役割」(『日本医師会雑誌』122:613,1999)などがある。

 近年、女性の社会進出に伴って、働く母親を支援する手段の一つとして、乳児保育の需要が増大しつつある。しかし母乳育児など基本的に母子の愛着行動が最も必要とされる0歳児の集団保育は、果たして児の心の発達、また母親の育児感情などにどのような影響を及ぼすのであろうか。この問題に関して、7ヵ月,3歳児検診における資料をもとに統計学的検討を行ったのでそれを報告し、乳幼児保健医からみた子育ての実態について触れたい。

松本 寿通

今井 和子 東京成徳短期大学幼児教育科教授
今井 和子


Profile:
 東京都及び川崎市の公立保育園で20数年間保母として働く。その後、十文字学園女子短期大学、お茶の水女子大学非常勤講師を経て現職。専門は保育内容・「言葉」。主な著書に『ことばの中の子どもたち』(童心社)、『0,1,2歳児の心の育ちと保育』(小学館)、『子どもとことばの世界』(ミネルヴァ書房)などがある。

 早期保育が営まれる乳児期は、とりわけ大人の関わりや保育の質が発達に大きく影響することを考えなければなりません。自我がめばえ、やがて自律が促される乳幼児の「自我の発達を踏まえた保育」、そのありようがポイントではないかと思います。

 まず、乳児保育の質を高める環境について発言をしたい。次に、現代における育児の危機(困難さ)、その背景にあるものを明らかにし、その上で21世紀に向け「共に育ち合う保育」をどう築くか具体的にしたいと思っています。

司会
牧田 栄子


Profile:
 20数年間、育児雑誌のライターや育児部門の編集長として活躍。「ひよこクラブ」や「こっこクラブ」では、創刊時から連載記事などを担当され、母親と小児科の橋渡し役として信頼が厚い。現在、育児、医療、介護テーマのジャーナリストとして、電話相談や講演などの実践面も含めて活躍中。

 21世紀は、乳幼児をもつ働く母親が増えることは明らかでしょう。にもかかわらず、社会の育児支援は十分ではありません。相変わらず母親たちは、子育てを自分だけで抱え込んでいます。この日本の保育の現状に、NICHDの研究が風穴をあけてくれることを期待しています。

 パネルディスカッションでは、このデータのもつ意味や日本の子育てを考えていく上で重要なこと、参考になることを、パネラーの先生方にアドバイスをいただきます。本当に必要な子育て支援とは何か、みなさんとご一緒に考えたいと思っています。

牧田 栄子


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