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小林登文庫


「子ども学」事始め
掲載:1997/02/13

子どもへのまなざし
 −チャイルドは英、独の祖先が使った語 〜 赤ちゃんは医学用語で「乳児」−

 我々が日々用いている「子」という字は、赤ちゃんの象形文字から来ていますが、そもそも「子」「子ども」にはどんな意味があるのでしょうか。まず国語辞典を開くと、親(先行世代)から生まれたもの、自分の子、幼いもの・小さいもの、目下のもの、などと書かれ、漢語辞典では、上述以外に、男の敬称(学問・思想の上で一家を立てた人、例えば孔子)、ある事をしている人(例えば編集子)、女の名に添える語、動物の卵などもかかれています。

 「子」「子ども」は英語でChild (Children) である事は周知の通りですが、その語源はチュートン語のroot(根)、ゴート語のwomb(子宮)から来ているといわれる。いずれも、イギリス人やドイツ人の祖先が使った言葉なのです。

 生まれたばかりの子どもを我々は「赤ちゃん」とよんでいますが、それは肌が赤っぽいからです。その英語は、御存知のようにbabyでありますが、それは赤ちゃんのしゃべり始めに使う喃語がbe-be、ba-baと聞こえるからであるといわれています。我々医師が使う赤ちゃんの医学用語は、オッパイを飲んで生きているから「乳児」です。その英語となるとinfantであって、それはin (not) -fant(speak)「しゃべれない人」のことなのです。

 同じ「子ども」を捉えるにしても、われわれ日本人は感覚的とでも言えましょうか。これに対してヨーロッパの人々は、コミュニケーションを中心に考えていると思います。

 このように、ちょっと考えただけでも、「子ども」の見方、捉え方、あるいは「子ども達」へのまなざし、すなわち児童観は社会・文化のあり方に、強く影響されているのです。

 われわれ日本民族がもって来た児童観は、本来ヨーロッパのものとは異なっていたといえましょう。古くは、大宝令(701年)には、土地受給者を6歳以上とする条文、万葉集(769年)にある、「子ども」を金銀にまさる宝と歌い上げた山上憶良の歌、そして「7歳までは神のうち」という俚諺などからもそれが言えましょう。日本人は「子ども達」に対して優しいまなざしをもち、愛育的な捉え方をして来たのです。

 しかし、明治以降の近代化、欧米に追いつき追いこせと積極的にその社会・文化のあり方を取り込むなかで、日本人の伝統的児童観は、大きくゆれ動いたのです。それが、「子ども達」が現在当面している問題の背景にあるのではないでしょうか。

 ヨーロッパのキリスト教文化の中で、「子ども達」は、やすらぎに満ちた生活をしていたわけではないようです。中世までのヨーロッパでは、「子ども」は社会的に認知されることなく、英雄であっても子ども時代の記録は残されず、不幸にして死をむかえても、社会階層によっては、墓もつくられなかったといわれています。子ども達は、赤ちゃんの時代が終わると、大人の役割を分担するように期待され、大人の仕事を見習い、身分や家柄に応じて徒弟修業をうけ、家庭や社会の生活の中に組み込まれていったのです。したがって、子ども達にとって「あそび」は罪悪とさえ考えられていた様です。

 ガリレイ、ニュートンが出て自然科学が体系づけられ、技術と産業が連動しはじめ、人権思想の発達と共に、17世紀に入って社会が大きく変わり、やっとヨーロッパで「子ども」の社会的位置づけが明らかになり始めたのです。世襲財産と父親の権威によって維持させていた大家族制度がひと組の夫婦を中心とする小家族制に変わり、子ども達夫々に財産が分割されるようになったからなのです。それが可能になる程、産業革命により社会の生産性が大きくなったとも言えましょう。その結果、夫婦中心の社会単位として家庭・家族のシステムを維持する子どもの役割が大きくなったこともあります。そのため、一定期間子どもを保護し育て、教育する必要が出たとも考えられるのです。したがって、近代学校制度の発達は、欧米の子ども観形成に深くコミットしていると言えます。

 しかし、われわれが今もっている子供観に、このヨーロッパの考え方が深く影響している事を、誰もが否定出来ないでしょう。更に、我々が「子ども」を金銀にまさる宝としたのも、労働力のそれだったかも知れないことも考えなければなりません。ただ、明治開国の時代に来たヨーロッパ人の多くは、貧しい日本の子ども達の明るい笑顔とあそびに夢中になる姿を目にして何かを感じたのも事実の様です。今、子ども達が抱えている問題を考え、またマルチメディア時代の中で教育のすがたも大きく変わろうとしている状態をみる時、子ども学のような考え方で、子どもを捉えなおさなければならないと思うのは、筆者だけではないと信じます。

全私学新聞 2月3日号 掲載
 




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