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小林登文庫


「子ども学」事始め
掲載:1997/02/26

多様性の生物学的基盤
 − 遺伝子の組み合わせが多様性生む 〜 同じ親でも840万通り以上 −

 御存知の通り「子ども」とひと言で申しましても、決して単一でない事は明らかです。グローバルにみれば、人種も国籍も違いますし、同じ日本人の子どもでも、年齢・性別は勿論の事、育つ家庭・学ぶ学校も異なっています。その上、同じ親から生まれた、たとえ同性の子どもであっても、体のつくりや走る能力ばかりではなく、知・情・意の心のあり方まで違っています。これらを広くみて、子どもの「多様性(heterogeniety)」とよびます。

 子どもの多様性は、生物学的なものと社会文化的なものとに大きく分けられます。生物学的な多様性は、生物としての「ヒト」、子どもとしての違いで、人種・血液型・身体の形態・機能の多様な差異で、その基盤を全て遺伝子に求められます。これに反して、社会文化的な多様性は、子どもの育つ家庭、学ぶ学校、生活する地域、社会、ひろくは国などのあり方、それによる後天的変化の違いで、育児・保育・教育に求められます。

 さて、子どもの多様性の根幹である生物学的多様性がどうして出来るか、それについて述べてみようと思います。すなわち、同じ父母のもとに生まれた兄弟姉妹でも、どうしてこうも違うのか、の遺伝子レベルでの説明という事になります。

 子どもは父親の精子と母親の卵子が融合して出来た受精卵が、細胞分裂を繰り返し、胎芽・胎児と成長して、この世に生まれたものです。この精子・卵子、すなわち生殖細胞形成が、子どもの多様性に関係しているのです。

 そもそも、親の体の細胞には、その父親・母親から受け継いだ対をなした同じ構造の常染色体2本22組44本と、父親ならXとY2本、母親ならX2本の性染色体、計46本をもっています。この染色体の上に約10万の遺伝子が乗っているのです。

 精子形成は研究しやすいので、いろいろ明らかになりましたが、卵子形成には不明な点が少なくありません。一応生殖細胞としてまとめて、大まかに説明させて戴きます。体の細胞から生殖細胞を作る時には、染色体の数を半分にしなければなりません。受精卵になった時に、元の数にもどすためです。すなわち、減数分裂をするのです。この場合、染色細胞に送り込む染色体を、自分の受け継いでもらっている父親から、あるいは母親からの染色体のどちらかをランダムに決めているのです。したがって、生殖細胞の常染色体22個は、父親からと母親からのが混在し、その上精子ではX性染色体1個(父親または母親からの)、あるいはY性染色体1個をもった2種、卵子ではX性染色体(父親または母親からの)1個で出来る事になります。

 親がその親から受け継いだ染色体をランダムに生殖細胞に送り込むため、それによる組み合わせは約840万(2の23乗)と計算されます。その上減数分裂の時には、染色体の一部を対をなしている染色体の間で、切りばり交換しているのです。これをキアズマと呼びます。キアズマの数は、1番大きい常染色体で4、1番小さい常染色体で1、22の常染色体で約50のキアズマが出来、卵子形成ではもっとも多いようです。

 この様に想像を絶する数の染色体の組み合わせの上に、キアズマによる遺伝子(必ずしも機能の違った遺伝子を意味しないが)の切りばり交換が加わって、家系の流れの中で育ったひと組の男女が誕生させる生命は、遺伝学的にみれば、全く新しいものなのです。一卵性双生児を除いては、遺伝子構成の同じ子どもは、長い人類の歴史の中でも現れたことはなく、これからも現れることはないと考えて良いと言えるのです。

 学校の運動会で、先頭を切って走る子、ダンスやゲームに夢中になっている子ども達、けんかして泣いてる子、それを優しくいたわる子、そんな子ども達の姿をみていると、誰もが子ども達の多様性に、ある種の感銘をうけるに違いありません。その根幹に、上述のような、生物学的多様性の遺伝子基盤があるのです。

全私学新聞 2月13日号 掲載
 




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