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小林登文庫


「子ども学」事始め
掲載:1997/08/01

感性情報の役割
 −心と体のプログラムの円滑な作動〜重要な役果たす「優しさ」−

 教育も訓練も受けていない胎児・新生児の行動発達から、心と体のプログラムという考えを前に申し上げましたが、皆さんおわかりいただけたでしょうか。今回は、そのプログラムを働かせるものについて述べてみたいと思う。

 第二次世界大戦で、国土が戦場になり、しかも戦いに敗れたドイツには、当然のことながらたくさんの孤児が出ました。戦争で先ず犠牲になるのは、子どもたちと女性なのです。しかし、その子どもたちには、アメリカを中心とする戦勝国から愛の手がさしのべられ、ひとりひとり決まった量の食事しか与えられませんでしたが、孤児院での生活を始めることが出来るようになったのです。

 イギリスの占領下のある町のA、Bという孤児院にも、孤児たちが収容されていました。イギリスからコンサルタントとして派遣されていた女性の栄養学者ウイドウソン博士は、Aの子どもたちの方がBよりも体重増加の良いことに気付きました。

 何か閃くものを感じたウイドウソン博士は、調査を始めますと、体重増加のよいAの孤児たちは、若くて優しい保母さんに世話され、体重増加の悪いBの方は、初老の厳しい人が世話していることを発見したのです。しかも、厳しい女性にも、お気に入りの8人の子どもたちがいて、その体重増加はAとBの中間だったことにも気付きました。

 そんな中で、Aの優しい保母さんが退職することになり、Bの厳しい保母さんを、お気に入りの8人をつれてAの方に移しました。そして、Bの方には、やめた保母さんと同じ様に優しい女性を捜して雇ったのです。

 その上、考えてのことでしょうが、食事量についてこんなことまでしたのです。体重増加の良かったAの子どもたちは、今度は厳しい保母さんに世話されることになったので、食事の量を増やしました。Bの方は、体重増加が悪かったのですが、優しい人に世話されることになったので、食事の量は前のままにしておいたのです。

 その後の体重増加の曲線は、どうなったのでしょうか。Bの子どもたちの体重はどんどん増え、Aの子どもたちの体重増加は食事を増やしたにもかかわらず、変化しなかったのです。そして半年もたつと、体重増加の曲線は逆転してしまいました。厳しい保母さんのお気に入りの8人の体重増加は、当然のことながらどんどん増加して両者を上回ったのです。

 これを、プログラムの立場から、説明してみたいと思います。優しく世話されることによって、子どもたちの心と体のプログラムがフル回転して、目は輝き、生きる喜び一杯(joie de vivre)になり、それによってチューニングされていて、育つプログラムも円滑に作動したからだと言えるのです。

 すなわち、「優しさ」は子どもの心のプログラムを回転させ、目をキラキラと光らせ、幸福一杯にする力、また直接・間接に体のプログラムも回転させ、歓声を上げて遊ばせ、食事の消化・吸収・代謝を活発にさせ、睡眠のパターンのリズムをよくさせる力をもっていることが理解されます。それによって、成長ホルモンもちゃんと分泌し、子どもはすくすく育つのです。

 子どもの「育つプログラム」の中心は、成長ホルモンの分泌である。それは、体の中にいつも分泌されているものではないのです。睡眠のリズムと深く関係し、眠りに入って間もない時に、ピューピューとパルス様に分泌されるものです。すなわち、心のプログラムのある大脳表面の皮質からの指令が視床下部を通って脳下垂体に達し、その前葉から、成長ホルモンが分泌されます。それが、血液に入って、骨に作用し、子どもの体を成長させるのです。

 すなわち、心と体のプログラムが円滑に作動するには、「優しさ」というものが、重要な役を果たしているのです。これを、一般化すると、子どもたちの心と体のプログラムを働かせるものは、情報ですが、その中で「優しさ」で代表される人間的なもの、いわゆる感性的な情報(感性情報)と言える。

 子どもの生きる力、育つ力を、プログラムという立場から考えると、「優しさ」の意義も科学的に捉えることが出来るのです。しかも、それは上述のように神経・心理・内分泌学という新しい医学からも支えられているのです。

全私学新聞 97年5月3日、13日合併号 掲載分に加筆、修正した




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