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小林登文庫


「子ども学」事始め
掲載:1997/10/24

アイ・トゥー・アイ・コンタクト
 −視覚を介しても母子相互作用〜目が重要な役割担う−

 母子相互作用は、前に申し上げましたように、スキンシップ、すなわち触覚を介してだけではありません。人間では、特に良く発達した視覚を介しても行われます。

 視覚を介しての母子相互作用を、アイ・トゥー・アイ・コンタクトと呼びます。「目と目のふれ合い」とでも言えましょう。

 生まれたばかりの赤ちゃんでも、視覚は機能しています。30センチ前後の近い距離ならパターンを相当程度認識することが出来ます。母親がわが子を抱っこした時のお互いの目の距離がほぼその位なのです。

 赤ちゃんが見えるということは、解剖学的にも裏づけられています。光を感ずる網膜はほぼ成人なみです。ただし網膜の周囲に多少未熟な部分があり、また中心にある黄班部という最も敏感な部分、二つの点を見分ける力の最も強い部分は、いまだ充分に発達していないようです。多少ボヤッとしているかも知れません。しかし、われわれが考えている以上に赤ちゃんは見ることが出来るのです。それは、視覚に関係する後頭葉は、脳の外の部分より、良く発達していることからも言えます。

 母親は、生まれたばかりのわが子を抱くと、まず子どもの目に強い関心を持つものです。多くの場合、まぶたはむくんでいたりするので、「○○ちゃん、おめめをあけて」と語りかけたりします。やがて、目をあけ、そこにつぶらなひとみを見ると、母親は喜び一杯になるものです。盲目でないことを知って、勿論安心することも関係しますが、目と目の触れ合いによる母親になったという感激には計り知れないものがあります。

 人間の脳の中には、「顔細胞」とでも言うべき、神経細胞の塊があります。顔をみると、この細胞群は、特に興奮するようです。長い進化の過程で、顔の情報を認知するために、特別に発達したのかも知れません。顔は、いろいろな情報、痛み・苦しみ・悩みばかりでなく、話し言葉で伝えようとする内容にも合わせて、心の情報を伝達しています。顔は、口ほどにもの言うことが出来るのです。その場合、目のかたちや輝きが、大きな役を果たすことは、周知の通りと思います。

 顔の中で、人間はその目に特に関心を示します。一般に物を見ている時、視線は対象の全体をスキャニングしながら、関心のある点に止め、情報を集めて脳の中で統合して、像を形づくって、そのものを視覚で認識しているのです。

 スキャニングしている視線を関心ある点に止めることをサッケードと呼びます。馬術用語で、たづなを締めて馬を止めることを意味します。勿論、わざわざ止めようとして視線を止めているわけではありません。脳の中には、何かを見ようとして、視線を集中すると、自然にスキャニングし始め、関心ある点に視線をパッパッと止めるのです。サッケードのプログラムがあると言えます。

 赤ちゃんの場合は、そのプログラムがはっきりと動いているとわかるのは、生後1ヶ月位からのようです。そのころになると、赤ちゃんの視線の動きを追ってみると、お母さんの目にサッケードが集中しているのです。

 なぜ目かということになると、その答えはわかりません。髪の生えぎわ、くちびるなどの目立つところにも視線は止まりますから、目は目立つからだと言えましょう。しかし、私は、目立つだけではないと思うのです。金髪・碧眼の外国のお母さんでも、ほぼ同じだからです。母親の目は、赤ちゃんにとって特別のものなのではないでしょうか。

 勿論、母親は大人ですから、サッケードのプログラムはちゃんと働いています。母親がわが子を抱いて、お互いに顔を向き合わせている姿(アン・フェイス・ポジション)は、母子像の象徴として描かれているように、優しさを感じさせるとともに、美しいものでもあります。そこでは、目と目を合わせて、お互いにふれ合って(アイ・トゥー・アイ・コンタクト)、わが子を可愛いものと母親は感じ、赤ちゃんは母親の愛情を感じとっているのです。

全私学新聞 平成9年7月13日号 掲載分に加筆、修正した




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