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小林登文庫


「子ども学」事始め
掲載:1998/02/20

子どもの育つすがたを表す言葉
−「成長」は形態学的な量の変化〜機能の向上は「発達」を用いる−

 子どもが育つことには、親はもちろんのこと、私のような小児科医、保育園や学校の先生ばかりでなく、心理学・教育学などの関係する学問分野の研究者も関心をもっています。

 その基本にある細胞生物学的な現象は、(1) 細胞に物質が付加されること、(2) 細胞数が増加すること、(3) 細胞間の物質が増加することです。

 しかし、子どもが育つすがたをみると多彩であって、ひとつの言葉では表すことはできず、いろいろな用語が用いられています。したがって、専門家の間で混乱をおこすこともまれではありません。今回は、子どもの育つ姿を表現するのに用いられている言葉を私なりに整理してみたいと思います。

 まず「成長」「発達」「発育」という言葉を考えてみましょう。これらの言葉は、一般にあまり区別して用いられていませんが、いろいろと調べてみると、それぞれそれなりに違うことを意味しているのです。

 「成長」という言葉は、英語の"growth"ですが、私たちは形態学的な量の変化で、子どもの育つすがたをみているのです。その変化は測れるもの、しかも手軽に測定可能なものでみています。育っている子どもの身長・体重の増加がそれです。小学校の頃のその昔、部屋の柱に自分の身長を三角定木をあててマークして、成長を追ったことがありますが、今も思い出されます。

 これに対して「発達」、すなわち英語の"development"は、質の変化、すなわち機能などが大人のレベルに向かって良くなることをさしています。もちろん、機能ですから、ものによっては特別な方法を用いれば、測れるものもありますが、微妙な変化もふくめてみている場合が少なくありません。

 例えば、育っていく子どもの「知能」「感情」、さらに心・肺・腎・肝などの「臓器の機能」などは発達するのです。

 こう考えると「成長」は、単に生物学的に増大していく現象ですが、「発達」となると学習も加わったものもあります。すなわち、経験・練習・訓練・教育などによって、基本的な生物学的現象に付加されるものも加わった現象なのです。

 「発育」という言葉もありますが、多くの場合「成長」あるいは「発達」と厳しく区別しないで用いられています。しかし、これも同義語ではなく、むしろ「成長」と「発達」を合わせた広い概念の言葉とみるべきです。受精卵から始まって胎芽・胎児・新生児・乳児・幼児・学童・青少年と、成人として成熟し完成するまでを包括的にとらえたもの、すべての形態的ならびに機能的な変化をさすといえましょう。

 「発育」という英語はありません。英語では、しばしば"growth and development"とならべて一緒に書かれています。成長と発達は区別しにくいし、お互いに概念を補強しあう必要があるからかも知れません。日本語の「発育」は、この意味から大変便利な用語と言えるのではないでしょうか。

 最近、医療関係で「成育」という言葉が用いられ始めています。これにあたる英語もなく、日本語では多くの場合「発育」と同じように用いられています。しかし、私は「育てる」という意味も加味されていると見るべきと考えています。それは、新生児医療で用いられる「成育限界」という言葉から来ているからです。ある体重以下の未熟児では、自らの育つ力もなく、現在の医療技術でも育てられない場合に、「成育限界」という言葉を用いるからです。育つ力もなく、育てる方法もないときに用いるのです。

 「生育」という言葉もありますが、一般に植物に用いられる言葉で、人間にはほとんど用いられることはありません。

 「成熟」、英語の"maturation"ですが、この言葉は、成人のレベルまで十分に「成長」し「発達」することで、「発育」とほぼ同じように用いられています。しかし、どちらかと言えば、機能的な発達をさしています。特に性機能の発達とか骨格の成長に対して、成熟が用いられる場合が多いのです。

 このように「育つ」現象に関係して用いられる用語を整理してみましたが、なかなか完全とはいきません。例えば、体の成長にともなって、脳の重量・容積の増大を脳の成長とは言いません。発達です。すばらしい機能発達があるからでしょう。この問題について、ぜひ読者のご意見を伺いたいものです。

全私学新聞 平成9年12月13日号掲載分に加筆修正した




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