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小林登文庫


「子ども学」事始め
掲載:1998/04/10

「発育の原則」その2
−まず生存に必須の大脳が発達〜「頭部から下部へ」などの方向性も−

 発育の第一原則「発育の順序生」、そして第二原則「発育速度の多様性」について書いてまいりましたが、第二原則について、もう少し書き足したい。

 身長・体重などの数値を生まれた時点から年齢を追ってグラフにとってみると、引きのばされたS字のような曲線を描く。これは、有名なスキャモンの発育曲線の中の一般型といわれるもので、脳、生殖器、リンパ組織(免疫組織)などの発育曲線はこれと全く異なっていることも、読者はご存知であろう。

 脳の発育(重量)曲線は、この世に生まれるや、急速に大きくなって上向きに走り、5歳になればほぼ大人の80%ほどの重量になる。大脳の機能は、人間生存にとって必須だからである。

 生まれたばかりの赤ちゃんの大脳の重さは、体重の約10%(300g)、そして1歳になるとその3倍になる。新生児には泣くことしかできないが、やがてあやすと泣き止み、笑い、3ヶ月には声を立てて笑い、話し声もクーイングから半年になれば喃語を話し始める。

 生後1年になるまでは、ひとり歩きも十分にできず、おしめもとれず自分で下のものを始末できないにも関わらず、母親の言うことを相当程度理解し、片言を話し、音楽に聞き入り、テレビを見たりする。人間は、生まれた子どもにすぐに歩かせることをしないで、母親の胸に抱かせ、母子相互作用の中で、大切なことを教えるために、大脳をまず発達させていると言えるのではなかろうか。

 これに対して生殖器(睾丸や卵巣など)の重さは、思春期まで小さく、思春期に入ると急速に大きくなり、成人の大きさに達する。当然のことながら、心も体も子孫を生み育てる力を十分に発達させるまでタイミングをあわせているのである。

 免疫に関係するリンパ組織(リンパ球、リンパ節など)は、大変特殊な発育曲線を描いている。すなわち、生まれてから急速に大きくなり、思春期には成人の倍に近い大きさになり、その後どんどん小さくなって、成人の大きさに戻る。思春期までに、病原微生物と戦う力をリンパ組織に学ばせて、これからの人生を安全に生きていけるようにするのである。これを免疫学的記憶と呼ぶ。リンパ組織は、思春期が終わるまで全力投球して、病原生物との戦い方を学んでいるので、思春期には大人の倍に近い大きさになると考えられるのである。このようにして、一度出会ったばい菌には手際よく反応できるようになるため、二度目のばい菌の進入においては、多くの場合発病しないのである。「はしかには二度かかりなし」は、この仕組みによる。

 機能の成熟に向けて量とともに質が変化する発達の速度についても、成長のそれと同じことが言える。例えば、言語の発達では、幼児の時に急激な語彙の増加が見られる。すなわち、言語の発達速度も、幼児期に加速し、多様なのである。

 さて、第3の発育の原則は「発育の方向性」である。これは、第1の「発育の順序性」と表裏の関係にある。

 まず基本的な方向は、「頭尾方向」である。頭部に近い部分から身体の下部の方向に発育するのである。例えば、順序性のところに述べたように、運動機能の発達は、眼球運動から始まり、下部に向かって手や腕の運動、そして足の運動にというように頭尾方向に発達するものである。これは中枢神経と末梢神経のミエリーネーションと深く関わっている。ミエリネーションとは、神経繊維の軸索をシュワン細胞が幾重にも取り囲み、軸索を流れる電気を絶縁するようになる過程を言う。

 次いで体の中心から遠いところ、すなわち末梢に向かって成熟するという近遠方向性である。これは、上腕の運動は、指先の運動より先に発達する現象によって代表される。

 さらに、粗大から微細へ、英語で言うと、mass activity からspecific activityという方向がある。赤ちゃんの運動は初め、全身的で大雑把で不器用だが、次第に細かい分化した、目的にあった正確な運動に発達していく現象は、その代表であろう。この過程をうまく利用すれば、訓練によってピアノやヴァイオリンを弾けるようになるのである。

 そして、最後に個別化という方向もある。発育は進むにつれて個性が強くなり、個人的なばらつきが大きくなる現象である。それは形態の面でも機能の面でも見られ、遺伝的な要因と環境的な要因とが、組合わさってばらつき、個人差が決まり、年齢とともにハッキリしてくるのである。

全私学新聞 平成10年2月23日号掲載分に加筆、修正した




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