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小林登文庫


「子ども学」事始め
掲載:1998/05/22

発育は相互作用で支配
−細胞から個レベルまで貫く原則〜”情報”が取り次ぎ役

 発育の原則の最後として、第五の「相互作用」”interaction”について述べる。発育は、細胞から個体のレベルまで相互作用でも支配されている。

 前に述べたように、発育のシナリオは遺伝子の中に書き込まれているのである。この地球上に生命誕生以来の約40億年間におこった生命進化・生物進化・人間進化の長い歴史の中で獲得した情報が、暗号のようなもので遺伝子に書き込まれているといえる。

 子どもの生命誕生は、ほとんど細胞質をもたない精子の核が、細胞質豊かな卵子の核と中で融合して新しい遺伝子の組み合わせである受精卵の核が出来上がることによって始まる。そして、受精卵の核は細胞質との相互作用で活性化され、受精卵が分裂開始するのである。

 受精卵核の活動開始に対して、卵子の細胞質との相互作用が重要であることは、クローン羊の実験でも明らか。あるメス羊から卵子をとり出し、核を吸出して、その代わりに同種の羊の体細胞の核を核なし卵子の中に入れて培養し、他のメス羊の子宮の中に移して育てるのである。卵子の中に入れられた核は、まわりの原形質との相互作用で活性化され、遺伝子が働き始め、移植された核の遺伝子情報をもとに、一匹の立派な羊が育ち生れる。受精卵の核が活動を始める相互作用も、本質的にはこれと同じと考えられるのである。

 このようにして受精卵が二つの細胞に分裂すれば、夫々の細胞はお互いに影響し合い、さらに2×2×2・・・と分裂を重ね増殖し、お互いに相互作用しながら細胞は遺伝子活性のパターンを変え、細胞を分化させ組織をつくり、臓器を形成し、胎児としての体をつくり上げる。

 その臓器形成では、となり合っている細胞、近接する細胞との間の相互作用が重要なのである。例えば、眼球形成をみると、脳の形成がはじまると脳組織から突起が出て将来の眼になる眼杯ができるが、胎芽あるいは胎児頭部をおおっている表面の細胞が、眼杯との相互作用でレンズになることが知られている。

 体の成長には、いろいろなホルモンが作用するが、その分泌も相互的にコントロールされている。それぞれのホルモンには、分泌を促進するメカニズムと抑制するメカニズムがあって、外からの情報によって微妙な調整が行われている。なかには、コントロールする化学物質の存在さえもが明らかになっている。

 体の成長に最も関係の深い成長ホルモンは、脳下垂体前葉から分泌されるが、他の内分泌腺から分泌されるホルモン、例えば甲状腺ホルモン・副腎皮質ホルモンなどや、日照リズム、睡眠パターン、血糖などとによって、いろいろな状態によって相互的にコントロールされている。そして、それに必要な成長ホルモンの分泌を促進する因子(GRF)、抑制する因子(ソマトスタチン)の存在も確認されている。

 個のレベルでみると、子どもの発育は、生活環境との相互作用で決まるものが少なくない。特に、人間関係、さらには社会文化的因子との相互作用は大きい。

 前にも述べた母子相互作用は、その代表であろう。赤ちゃんがお腹がすいて出す信号行動、すなわち「泣くこと」に対して、母親は抱き上げ乳首をふくませ母乳をのませるという反応行動をとる、母親がわが子を可愛いと思いあやすという信号行動に対し、赤ちゃんは喜んで笑い手足をバタつかせクーイングするという反応行動をする。お互いの信号行動と反応行動のやりとりの中で、母親の母性的感情(母性愛)と子の愛着感情(母親に対する愛情)とが相互的に形づけられて、母と子の絆が形成される。そして子どもは生きる喜びいっぱいになり、すくすく育つのである。

 発育は相互作用であるという原則は、細胞・組織・臓器から個のレベルまでを貫く。考えてみると、相互作用のメディエーターは、情報ともいえる。細胞から臓器のレベルで相互作用するホルモンなり生体因子も、それが運んでいるものは情報であって、細胞の活性化などを起こすのである。個のレベルの相互作用も、音声や行動を介しているが、それも情報であり、しかも論理情報ばかりでなく「優しさ」というような感性の情報もやりとりしている。さらに、相互作用は、つぎつぎと新しい情報もつくり出し、発育を展開させているのである。

全私学新聞 平成10年4月3日号掲載分に加筆、修正した




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