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小林登文庫


「子ども学」事始め
掲載:1998/08/14

チャイルド・エコロジーの立場から

 前回、チャイルド・エコロジーという考え方を述べたのは、申すまでもなく、当面する子どもたちの問題を解決するのに必要な理念と思うからである。

 生物学的存在としての子どもたちは、世代が変わっても、本質的には変らない。変わるのは、社会的存在としての子どもたちである。子どもたちの生活の場、家庭・学校・地域社会の在り方、生態学的にみるならば、生態因子として生活の場にある社会文化、すなわち情報のあり方が急速に大きく変わったからである。

 生物学的存在として生まれながらにしてもっている心と体のプログラムは、情報によって作動している。したがって、現在の子どもたちの生活の場には、それを乱す情報があると考えなければならない。学校現場では、「授業がわからない」「偏差値のプレッシャー」「塾通い」「友達関係の不安」などが関係しよう。

 子どものプログラム、特に心のプログラムが円滑に作動しフル回転していれば「生きる喜びいっぱい」”joie de vivre・joy of living”の状態になる。そして子どもは日々の生活を楽しく送り、成長ホルモンの分泌や消化・吸収・代謝などの発育に関係するプログラムも円滑に作動してすくすく育つのである。

 心のプログラムの中には、特に教育に関係するものがある。高度の精神機能のプログラムであって、「学ぶ」「まねる」「考える」「憶(おぼ)える」「信ずる」などである。大脳にあるそれらを働らかして、外からの情報を取り込み、他のプログラムをより良いものにするのが、こういったプログラムの機能と言えよう。このような、教育に関係する心のプログラムがフル回転すれば、子どもは「学ぶ喜びいっぱい」”joy of studying”の状態になり、教育効果は上がるのである。

 子どもたちがいろいろな問題行動をおこすのは、学校が子どもたちを「学ぶ喜びいっぱい」、「生きる喜びいっぱい」にする力を失ったからである。

 生態学的にみると、子どもの心のプログラムを働かす情報を与えるものは、生活の中にある人間関係であり社会文化である。子どもの心と体の健康に関係する生態因子は、極言すれば物質、生物、そして情報となるが、現在の情報化社会では、特に情報が大きい。

 生態因子としての情報は,「理性の情報」と「感性の情報」とに分けられる。「理性の情報」は「論理の情報」ともいえるが、それが前述の教育に関係する心のプログラムを働かせることは、直ちに理解されよう。特に考える・学ぶなどのプログラムにとって重要な役割を果たす情報である。

 しかし、子どもたちが「生きる喜びいっぱい」「学ぶ喜びいっぱい」になるには、「感性の情報」も重要である。感性の情報は、心と体のプログラム全般に関係していると考えられる。最近、知能を測るのに「IQ」ばかりでなく「EQ」もという考えはそれと関係しよう。小児医療の現場で見る「情緒剥奪(はくだつ)症候群」の事例を見れば、それはより明らかである。可愛がられないために、「生きる喜びいっぱい」になれない子ども、特に乳幼児では、子どもの身長・体重の増加不良ばかりではなく、知的発達も遅れる。育つプログラムばかりでなく教育のプログラムが円滑に作動しないため、心も体も育たないのである。

 学校現場で大きな問題になっている「不登校/登校拒否」は、学校が子どもたちを「生きる喜びいっぱい」「学ぶ喜びいっぱい」にする力を失ったからであるという考えを何人も否定できない。その理由の一つとして、生まれた時からテレビで育った子どもたちにとって、従来の学校教育のあり方では、教育の心のプログラムも作動させない可能性が挙げられる。メディア機器を手軽に動かし、ゲームに夢中になり、会話し友達づくりしている姿をみると、それを筆者は感ずるのである。学校は積極的にインターネットなどメディア機器を積極的に取り込んではいかがか、またそのために教育のメディア機器をよりよいものにする研究をすすめなければならないと思う。

 「いじめ」問題は、学校だけでなく、家庭にも大きく関係するが、このようにして、学校が子どもにとって「学ぶ喜びいっぱい」の場になれば、発生頻度は減少し、深刻なものにはならないのではなかろうか。

 学校は「学び」の場であるから、「理性の情報」は自然と豊かになるものであろう。向学心を育てるには、「理性の情報」による子どもの教育の心のプログラムへの語りかけは必須(ひっす)である。しかし、それだけでは、子どもは「学ぶ喜びいっぱい」にはなれない。「感性の情報」による裏打ちが必要である。それは、教える人たちの子どもに対する「優しいまなざし」であり、子どもたちの走り回れるグラウンドであり、緑豊かな校庭である。すなわち、「教える技術と場」に「魂入れる」ものとでも言えようか。


全私学新聞 平成10年7月03日号掲載分に加筆、修正した




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