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小林登文庫


育つ育てるふれあいの子育て
第2章「胎児期からの子育て-生まれた赤ちゃんはすでに1歳-1」


子育ては胎児のときからはじまる

 五十数年前、すなわち、第二次世界大戦まで、わが国では生まれた赤ちゃんは1歳と数えていました。そして、年があらたまると、すぐに2歳になりました。12月に産まれた赤ちゃんでも、お正月がくると2歳なのです。いわゆる数え年です。しかし、現在ではアメリカ流に1回目の誕生日を迎えて1歳となり、それまではゼロ歳あつかいの満年齢で数えます。いかにも合理的にみえますが、はたしてそれでいいのかという気持ちがします。
 第1章でみてきたように、おなかのなかの赤ちゃんがさまざまなことを感じとる能力をもち、外に生まれでたときにそなえて、いろいろな運動や行動をやっているということを知れば知るほど、生まれてからの1年間、ゼロ歳児あつかいでは、胎児時代を無視するようで、赤ちゃんの人権をみとめていないような気がします。昔の日本人の心を大切にしたいものです。
 おなかの赤ちゃんも聞いたり、見たり、考えたりしているのですから、生まれたときにはすでに1歳と認めるほうが、一人前にあつかうことになるのではないかと思われてなりません。
 年の数え方はともかくとしても、ここまで胎児のことがわかってきたのなら、育児の考え方も「生まれてから」だけのことではなく、「生まれる前から」はじめるのが理にかなうようです。もっともこのことは、胎教ということばが昔から使われてきたように、必ずしも新しい考え方ではありません。中国では今から2千年以上も前に、母と子をひとつの人間システムとして捉える立場から、胎教について書かれていますし、医学の祖といわれるヒポクラテスも胎教らしい考え方について述べています。おそらくこの本の読者のおばあさんくらいの世代の人たちは、いろいろな胎教の方法を教わってこられただろうと思います。
 それはおおむね、妊娠中は慎しみ深くすることとか、修身の本を読むこととか、火事場などを見物に行って心にストレスを与えてはいけないとか、あるいはもっと積極的に美しい絵をみたほうがいい――といったものだったのです。それは理屈はともかく、結論部分だけをみると、合理的な内容のものも少なくないのです。
 昔の胎教は想像の世界で考えるしかなかったのですが、現在ではあるていどまで科学的に証明された事実にもとづいて、「胎児の育て方」を語ることができるようになりました。それは胎児医学はもちろんですが、新生児学、周産期学のすばらしい発展のおかげです。ちなみに、周産期というのは、妊娠29週以降から生後4週・28日までのことをいい、母子をひとつにして医学的に捉える必要のある時期をさしています。
 私にも息子が、ひとりおります。その子どもが生まれたころは、ここで述べているような胎児についての科学的な知識は、まだほとんど知られていませんでした。
 しかし、胎児の様子がしだいにわかってきて、母親はそれらにどう対応していけばいいかなどといったことが書かれだし、私もあちこちの雑誌や本にいろいろと書くようになると、私の妻は「そういうことはもっと早く教えてほしかった。子どもをもう一度小さくして、おなかのなかからやりなおしたい」などと、なかば冗談で、恨みがましくいったことがあります。
 胎児についての知識がふえればふえるほど、ではそういう胎児に対してどう接していけばいいのか、という方法を知りたくなるのは、自然の欲求です。
 しかし、胎児教育の最大のポイントは、遺伝子の情報によってセットされたプログラムが、そのシナリオどおりに、つぎつぎと自然にスイッチ・オンされていくことができるように、胎児の子宮内環境を最も適切なものにすることです。そのために、母親の心と体をととのえることなのです。
 そこで、母親はなにをすべきで、なにをすべきでないか、そういう立場から胎児期からの子育てを考えていきたいと思います。

ホルモンもお母さんらしい気持ちをつくる

 お母さんと胎児を直接結びつけているのは臍帯(へその緒)です。それは胎盤とつながり、母親の血液から補給される酸素や栄養をうけとり、炭酸ガスや老廃物を捨てています。それは胎児の血液がとおる管であって、母親と胎児が血管や神経で直接結びついているわけではありません。
 しかし、母親の心の動きは、母親自身のホルモンやそれに準ずる生理的活性因子の分泌を変化させるため、胎盤をとおして胎児にも影響を与えている可能性は否定できません。神経では直接結びついてはいませんが、ホルモンなどの体液にとける因子を仲立ちとして、母親と胎児は精神面でも結びついている可能性があることを、まず頭に入れてほしいものです。あとで述べますが、母親の心理状態で胎児の動きが変わるのです。これこそ、母と子をひとつの人間システムとして捉える立場です。
 「妊娠中は、夫婦仲良く毎日を送ることはもちろんですが、なるべく美しいものをみたり、よい音楽をきくことですよ」と、今では、産科の先生ばかりでなく、小児科の先生をはじめ、どこの保健婦さんでも看護婦さんでも、妊婦さんにアドバイスするのはあたりまえのことです。それは、お母さんの心が大きく揺れ動くと、ホルモンなどの分泌に変調がおこり、それが胎児に伝わり、胎児の成長もさまたげる心配がなくはないからです。
 妊娠すると、お母さんのホルモンなどの分泌は変わりますが、おなかの赤ちゃんを大切にしよう、大事に育てようという気持ちにさせてくれると考えられるいろいろなホルモンも分泌されます。代表的なものをあげるとすれば、プロラクチンです。
 プロラクチンは、乳腺刺激ホルモンとも催乳ホルモンともいわれていますが、その働きは母乳を出すことだけではありません。細かく分けていくと100種類ほどの働きをもっているといわれます。体への作用ということでいえば、乳腺組織でお乳をつくりだす働きが第一ですが、脳すなわち心への作用ということに着目すれば、子どもを育てかわいがろうという気持ち、すなわち「母性愛」をつくる働きをもっている可能性も考えられるのです。プロラクチンがラブ・ホルモンとよばれたりするのは、まことにそのとおりの心の変化を母親におこさせると考えられるからです。自然は、ひとつのものが出るとき、いろいろ役立つように工夫しているのです。
 妊娠後期に入ると、誰にいわれなくても、たいていの母親は落ちついた安らかな気持ちになるものです。そして、美しい景色や絵に対して、あるいはふだんはなにげなくきいていただけのメロディーに対して、特別の感動を抱くようになるものです。それは、プロラクチンばかりでなく、エストラディオールとか、あるいはオキシトシンといったホルモンが分泌され、それが脳に作用するからであるとも考えられています。
 ところが、妊娠してから出産まで平穏な時間ばかりがつづくわけではないというのが現実です。たとえば、夫とのちょっとした感情の行き違いからくる心の動揺や、仕事をもっている女性ならば無理してでも出社しなければならないといった事情など、つぎからつぎへと平穏を打ち破る「事件」がおこるものです。
 そうした事件に直面しておこる強いストレスが、本来なら分泌されるべきラブ・ホルモンの量を減らしたり、ストレスに対抗するために胎児には都合の悪いホルモンが過剰分泌されたりする可能性は、十分考えられるのです。


このシリーズは「育つ育てるふれあいの子育て」(小林登著・風濤社 2000年発行)の原稿を加筆、修正したものです。


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掲載:2001/12/21