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小林登文庫


育つ育てるふれあいの子育て
第3章「赤ちゃんのすばらしい能力-そのプログラムは体の成長、心の発達の原点 - 1」

生まれたとたんに赤ちゃんは母親を求める
 
 「オギャー」と高らかに泣く産声こそ、たしかに呼吸のはじまりです。その瞬間、体のプログラムのひとつである呼吸のプログラムにスイッチが入ったのです。胎盤が子宮の収縮などにより子宮から離れはじめ、赤ちゃんの体の血液の流れに変化がおこり、酸素が少なくなる、皮膚が刺激される、などによってプログラムにスイッチが入って呼吸がはじまるのです。羊水のなかで胸郭運動として練習を積んでいますから、肺呼吸がスムーズにはじまり、それは死にいたるまでつづくのです。ただ、産声は、それだけのものでしょうか。
 生まれたばかりの赤ちゃんは、それが安産ならば、産声がおさまると、非常に意識がはっきりしているものなのです。それは不思議といえば不思議ですが、カテコールアミンの代謝と関係していると考えられています。新生児覚醒状態とよびます。
 というのは、赤ちゃんというのは、ちょうどヒマラヤの頭上をめざして山登りするくらいの酸欠状態をくぐり抜けて、生まれてくるものなのです。しかも、お産そのものも赤ちゃんにとって大変な出来事であり驚きであるとともに、母親とも別れなければならないばかりか、生まれて外へでれば分娩室は、子宮のなかとはくらべものにならないくらい明るいし、ガチャガチャという機械的な音、人の声などといろいろ音声もはっきりきこえるし、何かえたいの知れないものがしきりに動いているし、温度差で羊水のなかと違ってヒンヤリしていて身のおきどころがないし……と、赤ちゃんは思うのではないでしょうか。そこで、不安を感じびっくりして思わず泣きだしてしまった、というのが高らかに響く産声なのだというふうに考えられているのです。「おっかない!!」「助けてくれ!」とよんでいるのかもしれません。
 もちろん、周知のとおり、これをチャンスに呼吸のプログラムにはじめて本格的なスイッチが入ったという、生存にかかわる重大な出来事でもあるのですが、産声は喜びの声ではなく、確かに驚愕・母子分離・不安で、泣いているのです。その証拠に、なかなか泣きやまない赤ちゃんでも、母親はもちろん、助産婦さんが優しく抱っこしてあげると泣きやむ、あるいは静かになでてあげると泣きやむからです。これは、赤ちゃんは肌で優しさを感ずることができる、すなわち触覚は充分に発達していることも示しています。また、40週間も過ごした子宮内生活で何回もふれた子宮内膜のなめらかな感じを思い出して、安心して泣きやむと考えられるのです。
 安産ならば、産声のあと頭が非常にさえていると考えられる時間は45分から1時間程です。赤ちゃんは、目をあけてなにかをみようとし、きこうとしている、そういう姿がみられます。これを新生児覚醒状態とよびます。その姿が、母親に強い影響力を与えるのはたしかですが、赤ちゃんは赤ちゃんで、自分が頼るべき人間はどの人かをさがしているのかもしれません。鳥と比較すれば、それによってその人をインプリンティング(刻印づけ)しようとしているのではないか、と言えばいいすぎでしょうか。
 鳥、たとえばニワトリの雛などは、卵の殻からでてきて最初に接触したものを母親と思いこみ、もしそれが人間であっても、その人間を親鳥として後追いするといわれています。いわゆるインプリンティングです。こういう実験行動学で証明されたことが、もちろんそっくりそのまま哺乳動物の人間にもあてはまるとはいえません。
 しかし、赤ちゃんは、人間(母親)の顔と動くものに対して、強い関心を示します。たとえば、生まれて数時間というものは、ガラガラを振ってみせると、ちゃんと目で追っていくし、やめると興味を失うのです。
 とはいえ、誕生直後の、頭のさえた状態で、もっとも近くにいる人の顔を目を開いてみつめている真剣な表情をみると、なにかを脳裏に焼きつけようとしていることには間違いありません。逆に、そのために、この世に出た直後は、頭をさえさせておくのかも知れません。そうであれば、生まれたとき赤ちゃんのもっとも近くにいる人の顔が、母親であり、父親であるのがいちばん望ましいことだと、誰しも思うでしょう。
 それこそ、子どもの心と体が、体内に組みこまれたプログラムどおりにスクスクとゆがみなく育っていく出発点となるはずです。胎児時代、へその緒で結ばれていた当の母親が、生まれた後も母親であって、二人のチームで人生をまず出発するということほど、赤ちゃんにとって安心できることはないと思われます。

生まれたばかりの赤ちゃんでも目はみえている

 まばゆいばかりの明るい分娩室でみるかぎり、生まれたばかりの赤ちゃんは、多くの場合まぶたを閉じたままです。その様子をはじめて目にする人は、これでこの赤ちゃんはほんとうに目があくのだろうかと不安にかられるくらいで、その上まぶたがむくんでいることが多いのです。もちろん、数日もたつと自然にまぶたは開いてくるのですが、この事実が逆に、生まれたばかりの赤ちゃんはまぶたもあかず、したがって目もみえないのだ、という誤った認識につながってきたこともあるようです。しかし、誕生直後の赤ちゃんでもいちおう目がみえるのです。
 誕生直後の赤ちゃんのまぶたが閉じられたままでいるのは、そのむくみばかりでなく、どうやら分娩室の照明が明るすぎることもあるようです。羊水のなかという暗闇の世界にくらべて、あまりに明るい世界へでてきたので、目をあけていられないのだという考えもあります。
 分娩室をうす暗くしてお産をすると、生まれたばかりの赤ちゃんでも目をあけることができるのがわかっています。なにしろ、生まれたばかりの赤ちゃんの頭はさえているのですから。生まれてすぐ、母親の胸に抱かせると、母親の目をじーっとみつめることもあります。窓からあかりがもれていると、その方向もみます。また数時間もすれば、前に申しました通り、おもちゃのガラガラを振ってみせると、目で追うことも知られています。
 こういう事実は、何十年も前から、おもに家庭のなかでの出産の手助けをしてきた助産婦さんにとっては、あんがいあたり前のことで、目新しくもなんともないことだったかも知れません。しかし、そのことを、誰にでもわかるように証明した人は、これまでそう多くはいなかったのです。私の友人でもある、アメリカ、ハーバード大学のブラゼルトン博士は、赤ちゃんの反射ばかりでなく、目を追う反応をみたり、語りかけるときの反応をみたりして、行動を評価して新生児の脳をふくめた神経全体の機能を見て赤ちゃんの異常を発見しようとして、検査法を考案したのです。
 誕生直後の赤ちゃんの様子をみると、うす暗い状態でジーっと周囲を見回している様子がよくわかります。これは明らかになにかをみている状態です。こういう姿を観察して、もうなん十年も前から、前に申したように、赤ちゃんは生まれたばかりでも、覚醒状態にあり、頭がさえていると考えられるようになったのです。
 こういった行動をみると、赤ちゃんはインフォーメーション・シーカー、「情報を求める人」として生まれてくるといえます。生まれながらにして好奇心が強いのかも知れません。体にとって良い栄養が必要なように、心にとっても良い情報が、生まれた時点から必要なようです。
 赤ちゃんが、インフォメーション・シーカーであるという考えは、アメリカの心理学者ファンツ博士の古い実験(1961)でも証明されています。同じ大きさで、中がいろいろと異なっている円形図を見せますと、赤・黄・白の丸では、生後5日以内の新生児も2〜6カ月の乳幼児も、色の違いにより、じっと見つめる時間には差はないのです。しかも新生児と乳児との間でも余り大きな差は見られません。
 しかし、新聞紙の丸、同心円の丸、人間の顔をかいた丸と情報量が多くなればなる程、新生児も乳児も見つめる時間が長くなるのです。おもしろいことに、新生児と乳児とでは、顔や新聞紙の丸で、乳児の方が多少長い他は、余り差がないことです。また色による差もないので、この月齢の赤ちゃんでは色はまだわからないのかも知れません。
 赤ちゃんがインフォメーション・シーカーとして生まれることは、子どもの発達、特にメディアとの関係、さらには教育を考えるのに重要だと思います。これは、生まれながらにして好奇心の心のプログラムをもっていることを示し、これこそ学びの原点であると共に、われわれ人類が、現在の情報化社会をつくった原動力であるとも言えましょう。
 解剖学的に見ても、今まで申し上げたことが理解できます。生まれたばかりの赤ちゃんの目で未熟なところは中心窩だけなのです。ここは、光にもっとも敏感で、視野のなかの二点をみきわめる力のいちばん強いところです。その中心窩がまだ十分に発達していないので、目がみえることはみえるのですが、私たちとまったく同じとはいえません。少しぼけているのかも知れません。大人なみになるには数カ月かかります。
 申しそえますが、カメラの原理と同じで、生まれたばかりは全てが逆さに見えているようです。しかし、立ったり、歩いたりするようになると、脳の神経細胞ネットワーク・システムの配線が変わって、私たち大人のようにちゃんとした方向にみる力ができると考えられるのです。


このシリーズは「育つ育てるふれあいの子育て」(小林登著・風濤社 2000年発行)の原稿を加筆、修正したものです。



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掲載:2002/04/05