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小林登文庫


育つ育てるふれあいの子育て
第3章「赤ちゃんのすばらしい能力-そのプログラムは体の成長、心の発達の原点 - 4」


赤ちゃんは人間らしい心をもって生まれてくる-笑いは生きる喜びの表現

 このようにみてくると、生まれたばかりの赤ちゃんは、なにも感じない、なにも知らない、なにもできないような存在にみえても、じつはそうではないということがわかってきます。今までに申し上げたことで充分おわかりのように、第一に五感、すなわち、視覚、聴覚、味覚、嗅覚、触覚は充分機能しているのです。したがって、生活している場の情報をとり込み、人と人との間の情報のやりとりも出来、また目と目で感じあうことができるし、話しかけに対して身ぶりで応ずることも、赤ちゃんはちゃんとできるのです。
 コミュニケーションの手段は、ことば、手を動かすというような行動の他に、表情というものもあります。赤ちゃんは、生まれた直後驚きや不安を感じて泣くことができ、また1カ月もたてば笑うことができるのです。いいかえれば、赤ちゃんは人間らしい心をもって生まれ、それを限られた表情で表現しているのです。そういう心は、誕生後、日を追うごとに発達していきます。しかし、赤ちゃんの表情は生まれて間もなくはそれほど大きく変化はしません。それでも、誕生直後は覚醒状態にあることを忘れないで下さい。生まれて間もない赤ちゃんでも興味をもってお母さんの目をみつめるとか、いやなことや痛みに対しては泣くし、驚くとパッと手をひろげたり(驚愕反応)します。笑いについては、4週から8週くらいになると、ソシアル・スマイル、つまりあやしたら笑うということさえします。これも、考えるべきものです。
 『種の起源』を書いたダーウィンは、自分の子が生まれたとわかったとき、家族全員に赤ちゃんの前で笑顔をみせないようにといいわたしたそうです。それでも息子の赤ちゃんは生まれて55日目ごろに笑ったと記録しています。そのことから彼は、人間の笑いは生得的なものである、といっています。
 もっとも、ソシアル・スマイルの前、生まれたばかりでも、産湯を使ったりしたときやねむりに入るときなど、気持ちのよいときにはニンマリと笑いの表情を浮かべることがあります。つまり、赤ちゃんがもって生まれたプログラムのなかに、呼吸や歩行と同じように、笑いのプログラムも入っていて、なにかの拍子にスイッチが入るというわけです。これがソシアル・スマイルというのに発達して、あやしたりする他人の行動に反応するようになるのです。ソシアル・スマイルは好ましい人間関係をつくるための行動といえるでしょう。
 赤ちゃんは、生まれながらにして微笑すると申し上げましたが、まわりに赤ちゃんがいない人は、驚くかも知れません。しかし、ダーウィンばかりではありません、ヒポクラテスも生まれて間もない赤ちゃんが睡眠に入る時に微笑することに気付いていました。赤ちゃんの微笑は、大人の心をつかむ力が強いからでしょう。特に、医学や動物学の専門家たちは、無関心でおられなかったに違いないのです。
 勿論、生まれて間もない赤ちゃんが微笑するのは、睡眠中や産湯につかっている時ばかりではありません。生後数日たっておっぱいを飲めるようになった赤ちゃんでも、おなか一杯になると顔ににんまりと微笑が浮かんでくることがあります。妊娠末期の胎児でも微笑している超音波画像を報告した産科の先生さえいるのです。いずれも良い気持ちになって、まどろんでいるからだと思われます。
 赤ちゃんのこの微笑は、あやすとかによる、外からの刺激によって起こるソシアル・スマイルの笑いとは異なるので、「内因的微笑」と呼ばれています。脳の中の何らかのメカニズムで、それは起こるのです。生後1〜2週間を過ぎますと、この内的微笑は急速に現れなくなります。
 しかし、その代わりに体を揺さぶったり、リズムある音を聞かせたりすると、微笑したり笑顔を見せたりします。これを外からの単純な刺激で起こるので「外因的微笑」と呼びます。さらに月齢が進むと、お母さんがあやしたり、お父さんが高い高いすると、微笑ばかりでなく、声を出して笑うようになります。これが、本当のソシアル・スマイルです。
 勿論、ソシアル・スマイルも「外因的微笑」ですが、より社会的で特定の人間的な刺激に反応しているので、「選択的社会的微笑」と呼びます。単純な刺激でおこる微笑は、これに対して「非選択的社会的微笑」と呼ばれています。ですから「笑い」とか「微笑」も専門的に見れば、いろいろと分けられるのです。
 したがって、子どもの笑いは、「内因的微笑」から始まって、「非選択的社会的微笑」、そして「選択的社会的微笑」となって、われわれ大人が笑うのと同じように発達するものなのです。大人は、赤ちゃんのその笑顔を見て、可愛いさが胸一杯になり、何としても育てようという気になるのです。
 この赤ちゃんの笑いの変化は、われわれに重要なことを教えていると思うのです。まず、赤ちゃんは、生まれながらにして、「笑いの心のプログラム」をもっているという事実です。それは、目の不自由な赤ちゃんでも、微笑が早くから見られ、笑うようになることからも言えます。そのプログラムに、眠りとか産湯とかで、気持ちの良い状態になるとスイッチが入ってそれが作動し、「内因的微笑」を起こすのです。それが、月齢とともに、ソシアル・スマイルに発達するといえるのです。
 赤ちゃんが、この生得的な「笑いの心のプログラム」をもっているからこそ、母親や父親、そして大人の心を引きつけ、子育てにのめり込ませたり、人間関係を保つことが出来るのです。それによって、赤ちゃんは助けられて生き抜き、自分の育つ力を発揮して、大人になっていくことが出来るのです。
 そうだとすると、この「笑いの心のプログラム」は、どういう構造になっているのでしょうか。考えられるのは、脳の中にある「気持ちがよい」とか「うれしい」とかを感ずるニューロンのシステムと、笑いに関する表情筋などとを神経で結んだニューロン・神経・筋からなるネットワークシステムを働かせるものではないか、と考えられるのです。
 それが、「選択的社会的微笑」になると、母親の笑顔や語りかけのような外からの特定の刺激が、視覚や聴覚を介して、大脳の「気持ちがよい」と感ずるニューロン・システムにスイッチを入れて、笑いのプログラムを作動させているのです。この時は、もちろん大脳皮質、高度の精神機能を司る前頭葉なども関係しているに違いないと思います。
 これに対して、「非選択的社会的微笑」は、上記両者の中間であって、社会的とはいうものの、比較的単純な光刺激とかリズム刺激とかによって、ニューロン・システムにスイッチが非選択的に入って起こるものと言えましょう。したがって、喜びを感じたりして起こるとは考えにくいのです。
 情報学的にいえば、プログラムにスイッチを入れるものは情報であると言えます。それは知性の情報と感性の情報とに分けられます。ここでいう知性の情報とは、高度の精神機能である知性に関係するものです。これに反して、感性の情報とは、音楽におけるリズム・ピッチ・メロディーなどのようなもので、情緒に関係するものなのです。マザーリスは「いい子ね」という知性の情報とリズムなどの感性の情報を組み合わせたものなのです。
 「笑いのプログラム」は生後間もなくの間は、感性の情報で非選択的にプログラムにスイッチが入り、おそらく反射的に「内因的微笑」を起こさせているのです。赤ちゃんが育つにつれて、知性の情報も加わって、喜びを感じ、うれしいと思って、「選択的社会的微笑」、いわゆるソシアル・スマイルを起こすようになると考えればよいのではないのでしょうか。
 重要なことは、笑いを起こすプログラムが生まれながらのものであって、子育ての中で赤ちゃんの脳が発達すると共に、中枢支配、大脳前頭葉などのコントロールが強くなるということです。
 始めはあやされたら笑うものだと赤ちゃんが意識しているとは思いませんが、育つにつれて、ごく自然に笑いでこたえるというのは、なんとも人間らしい心をもった反応ではないでしょうか。笑いで応じることで、母親(あるいは父親や親しくしてくれる人すべて)が、自分をかわいく思ってくれている、大切にしたいと思ってくれていると確信しているかのようです。
 事実、あやしたときに笑ってくれると、あやした母親も「かわいい」「大事に育てなきゃ」「早く大きくなってね」など、さまざまな喜びと期待をもって、赤ちゃんをみつめることができるようになります。
 そういう、母と子の相互の心の交流がくりかえされて、赤ちゃんの心は一段と発達し、そう思ってくれる母親をよりいっそう頼もしい、なくてはならない存在だと感じる気持ちも大きく育っていくのです。


このシリーズは「育つ育てるふれあいの子育て」(小林登著・風濤社 2000年発行)の原稿を加筆、修正したものです。



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掲載:2002/05/24