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小林登文庫


育つ育てるふれあいの子育て
第3章「赤ちゃんのすばらしい能力-そのプログラムは体の成長、心の発達の原点 - 5」


母親がいなくなると赤ちゃんの顔の皮膚温度がさがる

 生まれた直後から、このようなかたちで赤ちゃんと母親が相互に交流し、お互いのきずなが緊密になればなるほど、赤ちゃんはお母さんがそばにいないというだけで、淋しいと感じる度合が強くなります。そういう高尚な感情が芽生え、あとで述べる愛着=アタッチメントができるのです。次に述べる新しい研究方法でみると、早い赤ちゃんだと生後1カ月くらいで、遅くても2カ月くらいで、母親がいない、親しい人がいないという人間らしいストレスを感じはじめる様です。従来は、もっとおそく、半年とか1年たたなければ、アタッチメントはできないと考えられていたのです。
 どうしてそういうことがわかるかといえば、母親がそばにいるときと、部屋の外にでていったときの、赤ちゃんの顔の皮膚温が違うということがたしかめられたからです。これはサーモグラフィーという特殊な装置を使って調べられたのです。
 その実験ですが、最初、お母さんに赤ちゃんと遊んでもらって、しばらくして、そーっと部屋の外にでてもらいます。サーモグラフィーはそのときの赤ちゃんの額や鼻の温度の変化を敏感にキャッチしてくれます。もちろん赤ちゃんによって個人差はありますが、約一度足らず皮膚の温度がさがってしまいます。
 こういう温度の変化から、生後1〜2カ月の赤ちゃんであっても、母親のような親しい人が、そばにいるかいないかということを感じ、いなくなったと感じたら不安になって、アドレナリンが分泌され、皮膚や顔の血管が収縮し、血流が少なくなって、温度がさがるのだと考えられますが、まだはっきりとはわかりません。脳のなかから、頭蓋骨をとおして細い血管も顔の表面にでていますので、表情と血流の関係も、脳内と顔との間の血流のバランスの変化でも考えなければならないと思うのです。
 赤ちゃんは3、4カ月になると怒りとか驚きとか悲しみといった表情を、あるていどはっきり顔にあらわします。5カ月になると、「おそれ」や「はにかみ」の表情もでてきます。もうそのころになると、母親がそばから離れると泣きだすなどして、ストレートに感情を表現できますから、誰でも赤ちゃんの心の動きがわかります。
 しかし、心がうけるストレスをはっきり表情で表現できないごく人生の初期であっても、赤ちゃんの皮膚の表面の温度がさがるということによって、赤ちゃんでも、そのストレスを感じていることがわかります。
 こういうことがつぎつぎにわかってくると、なにも感じない、なにも知らないと思っていた生まれたばかりの赤ちゃんが、私たち大人と同じように豊かな心の基本をもっていることに、あらためて驚かれると思います。
 この研究は赤ちゃんの心のプログラムの動きをサーモグラフィーで定量的に見るという特別な方法と考えられます。これは、私たちのこの研究成果が発表されてから、心の動きの研究にいろいろと用いられるようになりました。

赤ちゃんにはモノマネをする能力もある

 誕生直後の、せいぜい1、2カ月における赤ちゃんのすばらしい能力をいくつか紹介してきましたが、それらの能力を私たちは赤ちゃんの生得的な能力と考えています。誰かに教わって身につけた能力ではなく、遺伝子によって作られる生まれつきの能力です。
 このことを今まで、何回も申し上げてきましたが、べつのことばでいえば、生体システムのプログラムとよべます。赤ちゃんは、卵子と精子が合体した受精卵が、遺伝子の働きによって、分裂をくりかえし、細胞分化して、ある機能を目的とする細胞や組織に組合わされていき、生きていくシステムがつくられて、人間の体というものになるのです。自然にそれが出来るのです。ですから、人間の体は、脳からはじまって、心臓・肺・肝臓・腸などまで、すべては心と体のプログラムで働く生体システムとみなせるのです。システムもプログラムも自己組織化できるのが、生命の本質なのです。
 もちろん、これはコンピュータに対比できます。計算したり文章を作ったりする時、コンピュータのシステムにその目的のディスクを入れます。その中には、その目的にあったプログラムがあるのです。それに必要な情報ををたたきこんで、プログラムにスイッチを入れて、はじめてコンピュータが動くのです。それと同じように、私たち人間の体のシステムにも、同じようなプログラムが働いているのだと考えてください。もちろん赤ちゃんの体とて同じことなのです。
 このプログラムには、心臓が拍動して血液循環する、産声とともに呼吸をはじめるといった体のプログラムもあるし、嬉しいとか悲しいとか感じる心のプログラムもあります。そしてこの2つがうまく調整されながら、心身全体としての発育プログラムがチューニングされるのです。赤ちゃんはそういうふうにして、家庭や社会との人間的な情報のやりとりのなかで、体を成長させ、心を発達させて幼児・学童になり大人になっていくと考えられます。もちろん、体をつくる材料、さらには体を働かせ動かすエネルギーとしての栄養が必要です。
 このようにプログラムということをあまり強調すると、人間はたんなるロボットなのか、コンピュータのようなものなのかと、疑問に思う人もでてくるでしょうが、前にも申し上げましたように、もちろんそうではありません。赤ちゃんは、ひろくは人間は、精密なコンピュータを内蔵した、たんなるロボットではないのです。その証拠に、赤ちゃんは心も体も日々成長し、発達していき、その可能性には無限のものが感じられ、大筋としては同じ軌道にありながら一人ひとりが違った発育の軌跡を描きます。ロボットにはそういうことがありません。
 人間が、赤ちゃんがたんなるロボットではないと言える大切なプログラムが存在するのです。他のプログラムを良くする高度の精神機能の心のプログラムです。その代表の一つは赤ちゃんのモノマネをする能力なのです。生まれて4日か5日たったばかりの赤ちゃんでも、抱いて、舌をゆっくりをだしてみせると、赤ちゃんも舌をだすことがあります。ベロッとはだしませんが、口をモゴモゴと動かして、舌の先をちらっとのぞかせるものです。
 こういうモノマネ行動はなにを意味するかといえば、外の情報をとりこんで、他のプログラムにつけ加えて行動をコピーするという特殊な心のプログラムであるといえます。赤ちゃんには、もともとそういう能力がそなわっているのです。モノマネというのは、マネ方を教えなくてもちゃんとできるのですから、プログラムといえるのです。
 ノーベル賞を受賞した利根川進博士が研究していらっしゃるマサチューセッツ工科大学(アメリカ)の研究者は、こうした赤ちゃんの生得的なモノマネ能力を研究して、コンピュータの人工知能装置をつくれないかと考えています。
 しかし現在、いくら高度なコンピュータでも赤ちゃんほどのモノマネの能力はありません。脳の仕組を明らかにする必要があります。


このシリーズは「育つ育てるふれあいの子育て」(小林登著・風濤社 2000年発行)の原稿を加筆、修正したものです。




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掲載:2002/06/14