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小林登文庫


育つ育てるふれあいの子育て
第3章「赤ちゃんのすばらしい能力―そのプログラムは体の成長、心の発達の原点−6」

モノマネ―この模倣こそ文化の原動力になっている

 生まれたばかりの赤ちゃんでも、反射的に足は歩く行動をとります。前に申しあげた原始歩行、ステッピング反射です。それは生後1〜2カ月で消えてしまいますが、12カ月過ぎると再び立ちあがって歩こうとしはじめます。これは歩くプログラムがあるからこそです。歩行は手とり足とり教えるからできるわけではないのです。
 生まれて間もない赤ちゃんが歩くような足の動きは、反射的なものですが、12カ月以上たって歩き始めるときは、自分の脳で考えて行っているのです。すなわち大脳の支配下に入っているのです。
 しかし、赤ちゃんが大きくなって、幼稚園・保育園でスキップしたりダンスしたりするのは、身近な人のそういう姿をみてマネをするからできるようになるのです。つまり歩行のプログラムに、モノマネ(模倣)のプログラムがスキップやダンスに必要な新しい情報を加えることによって、それが可能になるのです。勿論、「学ぶ」とか「考える」というプログラムも当然関係するでしょう。
 オリンピックの陸上の選手だって、この歩くプログラムを模倣ばかりでなく、学習、練習、さらに訓練によって極限にまで良くして、競技しているのです。勿論、生まれながらに良い歩くプログラムをもつこと、まねるプログラム、学ぶプログラムも良くなければ強い選手にはなれません。
 また前に申しあげましたように、コミュニケーションの能力もプログラムとしてありますが、日本語をしゃべるか英語を話すかは、モノマネのプログラムによって、どんなことばをコミュニケーションのプログラムに入れていくかによってきまってきます。衣服を身につけることや、あいさつの仕方も、すべてモノマネです。
 人間はそういうモノマネ能力をもっているからこそ、学べるし、いろいろなことができます。最近そのモノマネ能力に関係するミラー・ニューロン・システムが前頭葉にあることがわかりました。そのニューロンを働かせるプログラムが、情報を蓄える「記憶」、さらには処理する「思考」といったプログラムなどと組合わされて私たちの文化を創造してきたのです。
 そういうふうに、人から人へ、世代から世代へモノマネして伝承され創造されているのが文化です。モノマネ能力が人間の文化の原動力になっているといえます。
 もっとも、赤ちゃんのモノマネ能力を研究するとなると、なかなか難しいものです。私たちは昔、お母さんと赤ちゃんがいっしよに遊んでいる光景をビデオに収めて、赤ちゃんの顔の表情がどう動くか、細かく測定するところから研究をはじめました。
 そのなかには、赤ちゃんの口をはじめとする顔の表情の動きが、お母さんのそれと同調して動くというケースもみられました。そういう実験をくりかえしていると、人間のコミュニケーションの原型として、モノマネというものも大きな役割をはたしていると強く感じられます。
 赤ちゃんが、お母さんの顔の表情やしぐさをモノマネして文化を身につけていくということと同時に、モノマネするということそれ自体が母と子のコミュニケーションにもなっているのです。おそらく母親と赤ちゃんは、モノマネをするとか、語りかけに手足の動きを同調させるとか、いろいろなことをやりとりしながら、心を伝えているのだと思います。そういう積み重ねがあって、じょじょに、ことばとか、さまざまなものが、記憶の室グラムによって身についていくわけです。

赤ちゃんの育つ力、心と体のプログラムと発育のプログラム

 今までに、あちこちでプログラム、プログラムと申しましたので、皆さんはおわかりになったと思います。人間の生きる力を、システム・情報論の立場で捉え、コンピュータになぞらえての話です。今後の展開もありますので、ここでもう一度整理したいと思います。
 受精卵という一個の細胞ではじまった生命は、胎芽、胎児となって新生児となり、この世に生まれて来ます。そして、母親から母乳やミルクをもらいながら育てられ、生活環境からの情報により、心と体のプログラムを働かせながら自分の力で育ち、乳児・幼児となり、やがて学校にいくようになります。
 この赤ちゃんの体は、天文学的数字の細胞でできています。この細胞は、多様なかたちや働きをもっています。それぞれの機能に関係する細胞がグループになって、脳、肺、心、肝、腸、腎、骨、筋肉などの臓器・組織になっています。こういったものを組合わせたシステムが体なのです。赤ちゃんの体が、日々の生活をし、育っていくためには、精緻を極めた細胞間、臓器・組織間の調整が必要なのです。それをするのがプログラムで、長い進化の歴史のなかで組織された遺伝子によりつくられるのです。ですから、何も教えられない胎児でも新生児でも、することが可能なのです。重要なことは、プログラムを作動させるのは情報だということです。
 前に申し上げましたように、最近この情報も知性の情報と感性の情報に分けて考えています。簡単にいえば、知性の心のプログラムに作用する、あるいは情緒の心のプログラムに作用する情報とに分けられます。しかし体を働かせる情報は知性の情報なのです。例えば、体の中でやり取りする呼吸のプログラムを働かせる情報などは、人間のいとなみの中でやり取りする情報では、この二つは組み合わさっているのがほとんどです。例えば、やさしくわが子に語りかけるマザーリスを考えれば理解されるでしょう。「いい子ね」と母親がわが子に語りかけるとき、「いい子ね」というのは知性の情報で、その時の独特のリズム・ピッチなどは感性の情報です。
 このことは、第2章で書かれた胎児のこと、またこの章で書かれた新生児のすばらしい能力でもおわかりでしょう。
 その上、育つ子どもには発育のプログラムがあるといえるでしょう。それは、体の成長や心の発達に関係するプログラムをまとめたものです。
 そのプログラムの存在は、第5章で申し上げる、優しく育てられないために、成長が止まってしまう子どもたちの事例からもわかります。赤ちゃんには(もちろん、大きい子どもでも、われわれ大人でも)、心と体のプログラムがあり、優しく育てられることで、この二つのプログラムが円滑に作動すれば、発育のプログラムもうまく作動して、すくすく育つのです。このプログラムには、感性の情報が、睡眠のプログラム、さらには重要と考えられるのです。優しさも、ひとつの大きな感性の情報なので、発育のプログラムを円滑に作動させるのです。
 これは、研究によって、どうやら成長ホルモンの分泌に関係するらしいことが、明らかになりました。心のプログラムが円滑に作動しないと成長ホルモン分泌という発育のプログラムのひとつが乱れるのです。それも眠りのパターンと関係している可能性が考えられています。感性の情報が成長ホルモンの分泌などのプログラムには深く関係するのです。
 もちろん、われわれ大人がストレスによって胃の調子が狂うのと同じで、かわいがられないと子どもの消化機能が低下することとも関係しましょう。消化吸収が悪くなれば、当然成長に関係します。このようにいろいろなメカニズムが関係することは明らかで、大きくまとめて、発育のプログラムということになるのです。成長ホルモンばかりでなくいろいろなホルモン、体の代謝や消化・吸収など体のいろいろなプログラムが育つことに関係しています。重ねて申し上げますが、この発育プログラムには、優しさのような感性の情報が特に大切なのです。
 赤ちゃんが平和な寝顔をみせながら、安心しきってスヤスヤと寝入っている姿をみると、その小さな体内に組みこまれたプログラムの不思議さを思わずにはいられません。その寝顔は、心と体のプログラムが円滑に、いささかの支障もなく動き、その結果発育のプログラムも働いていることを示しているのだと感ずることの出来るのは、私だけではないでしょう。
 両者はべつべつに働いているのではなく、相互に関連しあって働いているという点ばかりでなく、心と体のプログラムにチューニングされる発育のプログラムもある点が重要です。第5章で述べますように、神奈川こども医療センターで記録された子どもの成長の記録にみられる、愛情を注がれない子どもは睡眠のプログラムがうまく働かないために、成長ホルモンの分泌がおさえられて、成長がとまるという事例は、そのことをよく示しています。心のプログラムの乱れが、体のプログラムの作動を障害し、発育のプログラムが破綻するのです。
 子どもの心と体のプログラムがうまく作動するには、子どもの生活の場が重要なのです。子どもエコロジーの立場からみれば、それは生態システムとして家庭・学校・社会と整理できます。したがって、生態システムは、「物」ばかりではなく、「情報」も限りなくよいものにしなければなりません。
 体のプログラムにもさまざまなものがあり、たとえば胎生5週くらいから動きはじめる心臓や血管系の循環システム、誕生直後に本格的にはじまる呼吸のシステムのプログラムなどは、その基本中の基本です。そのほか「食べる」、「消化する」、「吸収する」、「排泄する」といった一連の流れも、誰も教えないのに、体のプログラムによって行なわれているのです。
 心のプログラムも同様です。「嬉しい」、「悲しい」、「はずかしい」といった感情の動きや、「考える」といった知能の働きもすべて脳神経細胞の組合わせた、ネットワーク・システムを情報によって働かせるプログラムのなせるわざです。そこにスイッチが入れば嬉しいと感じたり、悲しいと感じたりするのです。
 またすでに触れたように、マネるとか学ぶという働きも、新しい情報を外からとりこむプログラムが、赤ちゃんの脳にもともとそなわっているからこそ、心も育つことができるのです。


このシリーズは「育つ育てるふれあいの子育て」(小林登著・風濤社 2000年発行)の原稿を加筆、修正したものです。



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掲載:2002/07/19