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小林登文庫


育つ育てるふれあいの子育て
第4章「母と子のきずな―母子相互作用−4」


「目と目のふれあい」でたっぷり母乳をのむ

 ヒトの視覚の能力は、哺乳動物のなかでももっとも発達していますが、それは赤ちゃんの目の動きをみてもよくわかります。生まれたばかりの赤ちゃんの目が、視野がせまく見える距離は短いながらも、みえているということは、これまで何回かふれてきました。
 生まれて間もない(たとえば数時間後といった)赤ちゃんでも、目をみつめるとみつめかえすことがありますし、1、2カ月もたてばニコッと「笑う」ことさえすることがあります。これが視覚の相互作用であり、目と目のふれあい(アイ・トウ・アイ・コンタクト)です。
 ヒトの乳房がなぜ胸にあって、しかも大きく(低い場合もありますが)とびでているのかといった説明のひとつに、赤ちゃんが乳首をふくみながら、ちょうど母親と目をあわせるのに都合よくできているのだというイギリス人の説(?)さえあります。
 事実、アイ・トウ・アイ・コンタクトを十分にこころみながらお乳をやると、赤ちゃんはたっぷりと乳をのむことがよく知られています。
 赤ちゃんがいかに母親の目をみたがっているかを示す実証的データもあります。赤ちゃんにかぎらず、人は誰でも、音やにおいなどによる周囲の状況の変化に対応した感覚の変化による脳の視覚中枢の指令で、とくに意識することなく、視線をパッパッと関心のある点にむけます。その点を「視線視」といいますが、この視線視、つまりどの点に視線をむけてある時間止めるかを(数分の1秒、ときには数千分の1秒といった短い時間ですが)測定することができるのです。視線をある点に止めることをサッカード(馬の手綱をしめて止める意味のフランス語・馬術用語)とよびます。
 生後数週間の赤ちゃんの視線視を追ってみると、驚いたことにサッカードは母親の目に集中しているのです。なんともいいようもない赤ちゃんの不思議な能力ではないでしょうか。このように、赤ちゃんは母親とのアイ・トウ・アイ・コンタクトのための脳のプログラムを生まれながらにそなえていることをしっかり覚えていてほしいと思います。
 私の体験からいっても、赤ちゃんの目は赤ちゃんの心の窓といってもよいのではないかという気がします。病棟を回診し、赤ちゃんに語りかけながらじっと目をみていると、まもなくにんまりと笑みを浮かべる赤ちゃんが少なくありません。赤ちゃんは、相手の目をみつめながら、自分に好意をもっている人、もっていない人をみわける能力をちゃんともっているのではないでしょうか。
 「目は口ほどにものをいい」のたとえにもあるように、大人が他人の目のさまざまな表情から、きわめて複雑な心の情報をうけとるように、赤ちゃんも母親の目の表情から、自分に寄せている母親の心を読みとっているのだと考えてもおかしくありません。

聴覚、嗅覚、味覚による相互作用――他人の赤ちゃんの泣き声でも母親の乳房は張る

 つぎに聴覚による相互作用について見てみましょう。じつはこれに関しては前のパラグラフで、信号、反応行動としてお話ししましたし、さらには第3章で、エントレインメントを中心にくわしく書きました。母親の話しかけに応じて、生後2日目くらいの赤ちゃんでも同調させて、手を動かしてレスポンス(反応)を示すのです。聴覚による母子相互作用は、赤ちゃんのエントレインメントの実証的研究によってはっきりとたしかめられ、その重要性を強く認識させたのでした。
 母乳で赤ちゃんを育てている母親は、赤ちゃんの泣き声をきくと、それが他人の赤ちゃんであっても、お乳が張ってくることがあります。赤ちゃんの泣き声にお母さんの母乳分泌のプログラムが反応するのです。これもひとつの母子相互作用と考えてよいでしょう。
 お乳をのんでいる赤ちゃんに、テープにとった母親の心音をきかせると、お乳をすうのをやめて、その心音にじっと聞き入るということもあります。語りかけても同じ反応がみられますが、聴覚による相互作用は私たちが考えている以上に大きな力をもっているようです。
 さて、嗅覚による相互作用はどうでしょうか。もともと、人間の嗅覚は動物にくらべればあまり鋭くありません。しかし、第3章で申し上げましたように、生まれてまもない赤ちゃんは、母親のにおいと他の女性のにおいをかぎわけることができるし、母乳と粉ミルクのにおいも区別できます。母親にとっても赤ちゃんの乳くささは快いものであり、それが母性の確立に役立っているひとつの要素であることは否定できません。赤ちゃんのにおいがいやで、子育てのできないお母さんも、まれにはいらっしゃいます。
 最後に残った味覚による相互作用について検討を加えてみましょう。すでに胎児の時代に、羊水にサッカリンを加えて甘くすると、羊水をのむスピードが早くなるという研究にはふれました。新生児でも、甘さだけでなく、コーヒーの苦味、塩分の辛さなどを区別することができます。味覚がこのように敏感なので、赤ちゃんは、自分の母親の母乳の味をちゃんと知っているのです。
 こうした赤ちゃんの味覚を介して、母乳哺育で行なわれる母親との相互作用は重要です。赤ちゃんがお母さんのお乳を吸啜するときに、母乳の味ばかりでなく敏感な乳頭とくちびるをとおして、触覚すなわちスキンシップを介しての母子相互作用も行なわれるからです。
 いろいろな感覚を介しての母子相互作用によって母と子の心の絆を作りあげる仕組みが良くおわかりになったことと思います。そして、その中心が、当然のことながらふれあい豊かな子育てすなわちスキンシップ、あるいはタッチ豊かな子育て行動なのです。子育て行動をふれあい豊かにするのは、赤ちゃんの泣き声や表情、さらに行動をみて、その裏にある赤ちゃんの心を読みとる力が必要です。
 お母さんが赤ちゃんの心を読みとる母親の力は、母親の細やかな心から生まれでます。アメリカの心理学者はそれをセンシティビティとよんでいます。それは、わが子に対する愛情、わが子を可愛いと思う心から作られます。
 センシティビティとふれあい豊かな子育て行動のやりとり(インタラクション)も相互作用によってつくられます。したがって、どうすればいいというのではなく、気楽に子育てを楽しみ、ふれあいを豊かにしていれば、わが子への愛情も育つものです。それさえあれば、自分のやり方で子育てすればよいのです。



このシリーズは「育つ育てるふれあいの子育て」(小林登著・風濤社 2000年発行)の原稿を加筆、修正したものです。


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掲載:2003/03/14