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小林登文庫


育つ育てるふれあいの子育て
第5章「人生の出発点における優しさの体験―1」

世話をする大人の性格で子どもの成長が違ってくる

 愛情が子どもの発育、すなわち体の成長と心の発達に、どれくらい大きな影響を与えるのか、ちょっと視点を変えて、幼児の発育の話から始めてみましょう。そもそも、成長とは、身長・体重のような簡単に測れる身体的なものが大人の値になっていく過程で、発達は、心とか生理機能とか、測定しにくいものが、大人の値になっていく過程をさします。体は成長し、心や機能は発達するのです。発育は成長と発達を合わせたものです。
 さて、第2次大戦後、連合軍占領下のドイツの2つの孤児院でおこった興味深い話を申し上げましょう。この孤児院を仮にAとBとしましょう。当時のことですから、AでもBでもそこの子どもたちがもらっているパン、バター、砂糖などの食事の量は一人ひとりまったく同じでした。ところが、Aの子どもたちの体重増加は非常に順調なのに、Bの子どもたちの体重増加はおもわしくありませんでした。
 そのことに気づき大きな関心をもったのは、イギリスの女性の栄養学者のウィードソン博士でした。AとBをたずねてよくよく調べてみると、Aで孤児の世話をしているのは、子ども好きでみるからに優しい若いシスター(尼僧)でした。ところがBで世話をしているシスターは老女で、ガミガミいうタイプでした。したがって、子ども達は、食事どきも、そのシスターを上目づかいにみて、顔色をうかがいながら食べていたというのです。
 ところが、そのうるさいシスターのいるBのなかでも、8人だけはAの子どもたちほどではないが、体重増加が比較的順調でした。ウィードソン先生はじっさいにBをたずねてみて、その理由がわかったと書いています。
 それは、その8人だけはうるさいシスターの好きな子どもたちで、かわいがられていて、あまりガミガミいわれることがなかったというのです。かわいく生まれた、利発な素直な子ども達だったのでしょう。
 そこで、A、B両方の孤児院の健康管理に責任をもっていたウィードソン先生は、優しいシスターがなにかの都合でやめた時、Bの孤児院のうるさいシスターをAに、お気に入りの8人の子どもたちも一緒に移したのです。そして、それまで体重増加の悪かったBの子どもたちには、新しく優しい若いシスターを雇って、優しい世話ができるようにしたのです。とりあえずはバターとかパンなどの食事の量もこれまでどおりとしました。しかし、Aの子どもたちにとってはガミガミいうシスターがきたので、今まで体重増加がよかったのだけれども、食べたいだけ食べさせてみたのです。
 すでにお気づきのように、ウィードソン先生は、子どもたちの体重増加は、たんに食べ物の量の問題ではなく、世話するシスターのやさしい人柄も大きな影響力をもっているに違いないと予測していたから、あえてこのようにしたのかも知れません。
 シスターを入れかえて6カ月後、体重増加ははっきりと逆転したのです。やさしいシスターのきたBの孤児院の子どもたちは、食事の量が前と同じでも急速に体重をふやし、食べる量がふえても、前と同じ速さで体重増加しているAの孤児院の子どもたちを追いこしたのでした。
 もっともこの実験には、Aに一緒に移ったうるさいシスターがお気に入りの8人の子どもたちだけは、食べたいだけ食べて、太った(?)というオチまでついています。
 このケースは、孤児の研究からではありますが、子どもが育つということには、栄養もさることながら、世話をする大人の人間らしさ、情緒的なもの、心の温かさ、優しさというものが、いかに大きく影響するかをはっきりと示しています。

かわいがられない子どもは育たないことがある

 「寝る子は育つ」とは、ほんとうにうまいいい方だとつくづく思います。赤ちゃんが日を追うごとに身長が伸び体重も増えるのは、もちろん母乳とかミルクがそのもとになっているのですが、それだけでは赤ちゃんは成長しません。成長ホルモンと名づけられる特殊なホルモンが適度に分泌されて、はじめて大きく育っていくのです。
 その成長ホルモンはねむっているときにも分泌されます。むしろ、眠りに入ったとき、ピューと出るのです。したがって、健康な子どもでも、ねむりのパターンを乱されると、当然成長ホルモンの分泌が正しく行なわれないようで(まったく分泌されないということはありませんが)、したがって成長も遅くなることがあります。
 ガミガミ言われた孤児達の体重増加の悪かったのも、おそらくこの睡眠の乱れで説明できるかもしれません。
 神奈川県立こども医療センターには、誕生直後から大人になるまで、このような子どもの成長を追跡したときの貴重な記録があります。不幸にしてこの母親は、どうしても自分の子どもを赤ちゃんのときからかわいいと思えなかったといいます。
 だから、家庭にいるときは、いちおう世話はしているものの、その子どもをあまりかわいがらなかったのです。むしろ、心理的にいじめたのでしょう。育ちの悪いのをみかねて、誰かが病院(神奈川県立こども医療センター)へつれていき、諏訪先生の診察をうけさせたのかも知れません。
 そして、しばらくすると母親のもとに引きとられていったのですが、発育が悪くなりまた手におえなくなって病院にあずける、といったくりかえしだったそうです。
 病院ではその子どもをあずかっているあいだ、定期的に身長と体重を測定しつづけました。するとどうでしょう、家庭にもどっているあいだは身長の伸びも体重増加もほとんどストップしていたというのです。ところが病院に入ってきてそこで生活をはじめると、年齢相応に身長も伸びるし、体重もふえていったといいます。その関係はみごとといえるほどはっきりしています。
 この子どもは3歳から4歳の間、特に身長・体重の増加がよかったのですがそれは、おばあちゃんにあずけられていたときなのです。かわいそうな孫よと格別に優しくしたに違いありません。ですから、身長も良くのび体重も良く増加しているのです。再び、母親のもとにかえされると、身長の伸びは止まり、体重は低下してしまったのです。
 なぜそういう結果がでたのか?それを説明する有力な手がかりのひとつが成長ホルモンの分泌です。家庭にもどって、少しも愛情を示してくれない、それどころか第4章でふれましたように、なにかにつけていじめさえする母親のそばでは、情緒不安が強まり、夜になってもおちおち安眠できない。したがって正常なねむりのパターンがつくれないために、当然分泌すべき成長ホルモンがでてこないと考えられるのです。神奈川の子どもでも、入院したときに調べてそれを確認しています。
 だから身長も伸びなかったし、体重もふえなかったと考えられます。病院に入って、特に6歳以後は施設に入れられたのですが、自分を大事にあつかって優しくしてくれる人がたくさんいるということがわかると情緒が安定しますから、夜もぐっすりと安眠できるのです。だから成長ホルモンの分泌も正常になり、身長も体重も増加するというわけです。


このシリーズは「育つ育てるふれあいの子育て」(小林登著・風濤社 2000年発行)の原稿を加筆、修正したものです。


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掲載:2003/04/04