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小林登文庫


育つ育てるふれあいの子育て
第5章「人生の出発点における優しさの体験―6」

抱けるときにたくさん抱いておきなさい

 私はよく、育児相談でお母さんたちにこういいます。子どもは抱けるときにうんと抱いておきなさい、子どもに抱きぐせがつくなどというのはウソですよ、大きくなったら子どもは親なんかにはみむきもしないで外へとびだしていきますよ、と。
 すなわち、子どもはある時期にいたれば、親から離れ、巣立ちします。巣立ちしてもらわないと困るわけです。母親とは一生一緒に生活できるわけではありませんし、いずれ独立して社会人になる人なのです。子どもは親のものであると同時に、社会のものなのです。次の社会を担っていくものなのですから。そして、うまく巣立ちさせる基本的条件のひとつが、抱ける期間に十分に抱いておくこともあるのです。それは想像以上に重要なことです。そうしてやることによって、子どもは母親に対して満足すべきアタッチメント(愛着)を経験し、それをとおして、人間というものは基本的に信頼できるものだということを学びます。だから、母親以外の人間に対しても信頼感が生まれ、安心してディタッチメント(分離)できるのです。
 このことをもっと積極的にいうとすればこうなるでしょう。つまり、人間の子どもが生まれてから1年間という長いあいだ、ひとりでは動けないようになっているのは、母親にその1年間十分に抱き、ほっペたをくっつけあい、語りかけ、自分のおっぱいをのませなさい、と教えているのではないかということです。人間と動物の境を彷徨している乳児期には、そのことがもっとも基本的なことであると思います。
 そういう時期をへたうえで、じょじょに子どものディタッチメントを助ける育児に切り換えていくことが肝心です。いつまでも乳児期のような接し方では過保護というあらたな問題が生じます。母子相互関係においては、子どもは自分のものであると同時に、次の社会のものであることを考え、こうしたバランスをとることが大切なのです。厳しいしつけも、必要なのです。しかし、子どもへの優しいまなざしや、優しい心は、いつも持っていなければなりません。
 家庭環境、つまり夫婦の人間関係とか、家庭のなかの人間関係というものは、バランスがうまくとれていて、平和であたたかいものであればいいわけですが、逆に異常なまでに母と子のきずなが強すぎても困ることになります。過保護は子どもに過干渉になるからです。母と子のきずなを大切にしたいと思うあまり、あれをしてはいけません、早くしなさい、これはこうしなさい、という干渉がすぎると、逆効果です。こういう、いわば「ガミガミ管理」は、子どもの神経症や心身症のもとになるだけです。子どもがほんとうにひとりではなにもできない乳児期をすぎたら(たとえば離乳児期などを境にして)、母と子のきずなのつくり方は、理性をもち、子ども達の心をよみとりバランスというものを考えていく必要があるのです。なによりも自然が大切なのです。
 バランスがとれているということはどういうことかというと、年齢に応じて子どもの発育を理解し、しつけをしていくことです。子どもは、前に申したように半分他人であって社会的存在でもあることを充分に考えることです。子どもに我慢させるとか、スムーズに自立させるということもふくめて、そこにはたんにやさしいとかいう情緒的なもののほかに、母親としての理性をもって対応していく必要があるのです。「ガミガミ管理」は子どもを一方的にしばりつけるだけのもので、ほんとうのしつけとはいえないのです。むしろ、あらゆる機会にほめることが大切です。たとえ失敗しても、「そこまでできたら、つぎはちゃんとできるね」と、ほめて支援することが大切です。
 もうひとつ、大切な点は、タイミングです。子どもの発育には個人差があります。隣の子どもがこんなことができるようになっているのに、うちの子どもはまだできないなどと比較しはじめると焦りが生まれます。そこから、個人差とはおかまいなしに、口うるさくいいたてるということになりがちです。隣の子ども、親戚の子どもとうちの子どもの発育状態は関係ないという理性を働かせてほしいのです。あたたかい目で子どもの育っていく姿をみて、折々の機会をとらえて教育していくことです。迷ったら、私たちのような小児科医によく相談して、助言を求めてほしいのです。
 欧米では子どもの参加するさまざまな催し物があるときは、必ずといっていいくらい小児科医の助言が求められます。子どもといえば小児科医という連想があるようです。日本では子どもといえば心理や教育に関係している人という発想があるようです。もう20年以上も前ですが(1978)、国連で国際児童年というのが設けられました。そのとき、国の内外でさまざまな催し物がありましたが、重要なシンポジウムや委員会に日本から小児科医が出席する機会がとうとうありませんでした。外国からは、多くの小児科医が出ていたのです。わが国で、小児科医というと、子どもの病気を治す医師くらいにしか考えられていない証拠です。しかし、これまでみてきたように、小児科学というのは子どもがその自然のプログラムどおりに育つにはどうするのがいちばん好ましいかということを研究している学問分野でもあるのです。
 何回も申しましたように、子育てにはドゥーラ(援助者)が必要です。子育てをやっていくなかで、さまざまな問題にぶちあたり、自分ではわからなくなったときは、身近な小児科医をドゥーラのひとりに加えてほしいと思います。そうすることで、バランスのとれたすばらしい母と子のきずなを築くことができるはずです。


このシリーズは「育つ育てるふれあいの子育て」(小林登著・風濤社 2000年発行)の原稿を加筆、修正したものです。


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掲載:2003/09/05