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小林登文庫


育つ育てるふれあいの子育て
第6章「母乳哺育のすすめ・・お母さんのオッパイは自然のおくりもの−3」


母乳はすえばすうだけ必要量がでる

 母乳分泌が母親と赤ちゃんの人間的なやりとりによって、ふえたり減ったりするという事実を、角度を変えてみてみましょう。
 最初に紹介するのは、150年近くも前の母乳を与えるイギリスの看護婦さんの記録です。欧米でもそのころには、まだミルクがなかったため、赤ちゃんを生んで母乳のでる看護婦さんが、母親がいなくて入院している赤ちゃんに母乳を与えていました。そういう看護婦さんをウェット・ナースとよんでいました。ドライ・ナースは、保母さんをさしていたようです。わが国でももらい乳といって、母乳が出ない場合、母乳を出して子育てしている他の母親からもらったり、あるいは乳母として雇ったりした時代があったのです。
 さて、上のグラフをみてわかるように、一度にのませる赤ちゃんの数が2人、3人、4人、5人とふえるにつれて、母乳分泌量もふえていることがわかると思います。そして、のませる赤ちゃんが3人から2人に減ると、母乳分泌量も比例して減っていることも読みとれるはずです。
 もちろん、母乳の分泌量にも限度というものはあるわけですが、やり方によっては、少なくとも5人くらいの赤ちゃんにのませられる母乳がでてくるのだということが、この記録からわかります。母乳というのは、このように、すう刺激が多ければ多いほど、それに比例してどんどんでてきます。
 ウェット・ナースというのは現在ではさすがにみあたりません。しかし、病院によっては、母乳の余っている母親から母乳を採集して処理し、母乳バンクとして凍結保存して、母親のいない赤ちゃんに溶かしてのませるということをやっています。
 フィンランドのヘルシンキにある小児病院の母乳バンクは、約50年の歴史を有し、毎朝、母乳の余っている母親からお乳を集めて、簡単に消毒して、母親のいない赤ちゃんに与えています。北欧諸国は未熟児の死亡率が非常に低いところですが、このヘルシンキの小児病院のように、母乳をのませているところが多いからだといわれています。
 さて、つぎに紹介したいのは、赤ちゃんは1日何回に分けてお乳をのめば満足するか、といった研究のデータです。ある赤ちゃんの生後1日目から14日目までの哺乳回数を、1日ごとに示してあります。
 15日以降はなぜ示さないのかといえば、このグラフで11日目から6回の日がつづいていますが、15日以降もこの回数にほとんど変化がないからです。いったい、このグラフからなにが読みとれるのでしょうか。
 1日目から5日目までの哺乳回数の変化と6日目から10日目までの回数の変化に注目してください。生まれて1日目は3回くらいです。あとは寝ているわけです。母親も、お産のあとだから疲れているのです。
 ところが2日目になると、赤ちゃんは、少しおなかがすいてきます。しかし、母乳は十分にでません。ですから1日に6回ものんでいるのです。ところが、3日目、4日目、5日目というぐあいに、日を追うごとに哺乳回数がふえていきます。これは5日目ぐらいまでは、いくらすってもお乳がよくでないから、すう回数がふえるのです。回数がふえるごとに母乳の分泌量もふえているはずです。
 さて、5日目ぐらいになると、母乳分泌のプログラムに本格的なスイッチが入るようです。それは、一日いち日とその日にのむ回数が減っていくことで示されています。回数を減らしても、おなかがいっぱいになるくらい分泌されるわけです。そうしてだいたい1日6回くらいで、必要な哺乳量が得られることになります。
 5日目くらいがひとつの山です。この山をこえないと母乳哺育はうまくいきません。2日目、3日目あたりであきらめて、でないからミルクにしようというようなことは、よくありません。あきらめないで下さい。
 だいたい5日目(もちろん、人によって早い遅いがあるものです)くらいで、母乳分泌のプログラムがフル回転しはじめると、赤ちゃんの泣き声をきいただけで、お乳が張ってくるようになります。

すっているうちに母乳の成分は変わっていく

 母乳が人工乳と成分的に異なるという話をする前に、母乳のもつ不思議な一面についてふれておくことにしましょう。これもイギリスの古い研究です。
 最初は「哺乳中にみられる母乳成分の変化」ということです。それは、赤ちゃんがお乳をすいはじめて終るまでの母乳の成分の変化を時間を追って分析したものですが、4つの大きな特徴がみられます。
 第一は、すっていくうちに分泌量がだんだんふえること。
 第二は、たんぱく質の濃度はあまり変わらないこと。
 第三は、脂肪の濃度があがっていくこと(クリーミィな味になる)。
 第四は、ペーハー(PH・酸性度)があがっていくこと(すなわち、すいはじめのペーハーは7.2ほどで酸性に近く、すい終るときには7.4ほどとアルカリ性に傾くのです)。
 分泌量がふえてもたんぱく質の濃度が変化しないということは、分泌量に正比例してたんぱく質もふえるということを意味します。ところが、脂肪の濃度があがっていくというのは、すいはじめの母乳よりも終りの母乳のほうがクリーミィな味がするということになります。
 ペーハーがあがるということは、すいはじめよりも終りに近づくにつれて酸味が弱くなっていくことを意味します。すいはじめから終りに近づくにつれて、塩分、カルシウム、ナトリウムなど(乾燥して測る乾燥重量)もふえていきます。
 こうしてみると、赤ちゃんにとって、すいはじめのお母さんのお乳は薄く水っぽいものですが、しだいに量がふえて、濃いクリーミィな味になり、酸味も弱くなっていくものと考えられます。
 私たちの食事が、最初は味の薄いおすましやスープからはじめて、しだいにこってりした味のものに移っていく形式になっているのも、こうした赤ちゃん時代の風味の変化のなごりをとどめているのではないかとさえ思えます。
 じっさい、この研究を発表したイギリスの学者は、母乳の味がすいはじめと終りとで違うのは、それによってある種の食欲のコントロールを学ばせ、食事にははじめと終りがあるということを教えているのではないかと指摘しています。
 もちろん、哺乳中の成分の変化などに意味はなく、最初はたまっていた母乳が分泌され、最後のほうは新しい母乳だから、たまたまそうなるだけのことだと考える学者もいます。
 しかし、私のようにヒューマン・サイエンス(人間科学)の考えをもつ者にとっては、母乳成分の刻々の変化には特別な意義が感じとられ、みのがすことのできない事実だと思うのです。いうまでもないことですが、哺乳びんのゴム製の乳首からでてくる人工乳の味は単一で、成分の変化もまったくありません。したがって、胃がパンパンになるまでのむことになるのかも知れません。たしかに、人工乳の赤ちゃんは太り気味の子が多いようです。


このシリーズは「育つ育てるふれあいの子育て」(小林登著・風濤社 2000年発行)の原稿を加筆、修正したものです。



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掲載:2003/12/05